□抜殻
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潮の満ちる音に耳を傾けていた。
ほんの少しだけ湿気を含んだ空気が心地良い。


「こうしてお兄ちゃんとお話しするの、本当に久しぶり…」

「そうだな、ずっと闘いが続いて――」

「ううん、そうじゃないよ」

そうじゃない。

「シャーリィ?」

そうじゃないよ、お兄ちゃん。

「ずっと会いたかった、ずっと」

ずっと、本当はずっと、わたしは心の中に逃げ込んでた。

「わたしやっと、お兄ちゃんと向き合える、やっと本当に向き合えるの」

何もかも振り払って。
ただ真っ直ぐにあなたと。

どうしても涙がとまらない。

だってやっとわたしは、わたしの心に触れられた。

「どうしたんだシャーり…っ」

「本当のわたしがね、やっと戻ってきたんだよ…」

「何言って…?」

「あの日の夜も、ううん、村が襲われてお姉ちゃんと離れ離れになったあの日――」

ちがう、ちがう、
もっと昔から、そうもっと。

「わたしね、お兄ちゃんに出会った頃からずっとそうだった」

わたしはあなたに恋をした。
今この身体に伝わるぬくもりに、あなたに。

優しく受け止めてくれるあなたに。

はじめて本当の笑顔をくれたひと。
はじめて本当の涙をくれたひと。

どんどんあなたを好きになった。

だけど恐かった。
どうしても恐くて仕方がなかった。

「ずっとわたしは、本当のわたしを隠してた、本当で生きるのが恐かった」

いつからかこんな風に生きていた。
もうどう生きていいかもよくわからなかった。

お姉ちゃんに甘えてわたしがわたしを殺してしまった。

「でもお兄ちゃんが村に来たあの日からわたし、少しずつ勇気が出たの」

本当に僅かだったけれど。

そのせいでどれだけのものを失って今に至ってしまったのだろう。

けれどその勇気さえなければ今がなかったのだろう。

「変わろうと思えるようになったの」

そう思うことだけでも、わたしの中の本当のわたしが意志を持った証だった。

「本当に時間がかかった、どうしてこんなにかかっちゃったんだろう」

ずっと偽りのわたしを正当化してた。

数え切れない犠牲の上に立つ代行者の重責とその命の価値。
失ったものの哀しみ、全てを抱きとめるのはわたしの中の本当のわたし。

「わたし、やっと全てと向き合う勇気が持てた」

まだ変われたなどと思えない。

それどころか、変わることは永遠。

わたしは今からやっと変わり始める。

「自分の立場とも、陸の民と水の民の争いとも、あなたとも」

「―――…」

「ねぇお兄ちゃん」

すぅっと潮風を一息吸い込んだ。
やわらかい風に頬をゆるめてあなたを見つめる。

「お兄ちゃんが信じてくれたから、わたしももう一度踏み出せたのよ」

もう何も恐がらなくていい、恐がっちゃだめなの。

進もうとしているこの先に怯えたら、きっともうどこにも行けない。

言えなかった言葉を口にするのは、わたしが本当のわたしになるため。

はじめてわたしと信頼で繋がったあなたへの言葉。

ありがとうと、そして


「本当のわたしの気持ちをきいて…」






















波の音が遠ざかる。









抜殻のはずの心から
何かが涙のように溢れ出す

さようなら、乾いた抜殻




 -fin
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