□自信過剰な王子様
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「アリスちゃん」

いつものように。
そう、いつしか彼がこうしてストーカーの様に少女に付き纏い名を呼び続けることは、日常の一部に過ぎないありきたりな情景になっていて。

それは彼女にとっても慣れっこだった。

彼は本当にしつこいストーカーだ。

(いい加減ほだされてしまいそうで)


ツンとする臭いをひと嗅ぎすれば、彼の姿から、馬鹿みたいな声、安売りの笑顔、彼女の言葉一つで目まぐるしい変化を見せる表情のすべてが思い出された。





「アリスちゃん!」

振り返ることも無く、鼻につく異臭に不快感を覚えて突き放すように吐き捨てる。

「馴れ馴れしく呼ばないでよ」

顔も見たくない、とそっぽを向く。
脳内に浸透した彼の存在を、掻き消してしまいたいくらい。
(どうして消えてくれないの)

「…あんたなんかどこにでも行っちゃえばいいのよ」

つるりと滑り出た言葉。
でも、決して失言ではなかったと、彼女は震える唇に気付かないまま自分に言い聞かせていた。

(わたしが欲しいのは、あんたなんかじゃない)

ここで振り返ればいい。
彼が諦めて去る姿を見納めにしてやればいい。
そう思った。

けれど、すくんでしまった足が、固まってしまった身体が動かない。
空気が揺らいで、迫り来る異臭の発生源にに目眩がした。



「アリスちゃん、ほら!!」

ぶわ、と視界を埋め尽くした大きな花の束。
ふいをつかれて何も言えなくなり、彼の普段通りの笑顔を凝視する。

「君にプレゼント」

ずい、と差し出される愛らしい花束を、強制的に受け取らされた。

「……デクス」

煩わしく、なる。
(消えないあなたの記憶が、一気に鮮明になって)

「なぁにアリスちゃん?」

ころりと笑顔を見せる青年に背を向ける。

「言ったでしょう、さっさとどっか行っちゃいなさいよ」

(これ以上浸透しないで)
彼が近づいてくるのには慣れっこだ。
けれど馴れ合う気なんてない、近づいてほしくない、もう名前も呼ばれたくない。


「嫌だよ」



鋭利な刃の、真摯な音だった。


初め何を言ったか理解できなかった。

(なにそれ)



「だってアリスちゃん、」

何か意味を含むように優しく微笑んで、少女の前髪に触れる。
愛おしむように髪を撫で、目を細めたと思えば、いつもの彼らしい変に弾んだ声で呟く。

「さみしいでしょ?」

はっと我に返った少女が彼の手を振り払って後ずさる。


(さみしい?)

花束がぱさりと音を起てて散り散りに落ちていく。


少女は自分でも信じられないほど動揺していた。
薄く笑みを浮かべ目の前で直立した人物を、不可解な物体としてでしかとらえられない。

「…ずいぶんな自信ね」

「好きだよ、アリスちゃん」


(やめてよ)

いつもは避けられるはずの彼のおふざけの抱擁を、かわすことが出来なかった。
初めて感じた青年の身体は意外なくらい大きくて、暖かかった。

知りたくもなかったぬくもりに、頬が濡れた。

「……あたたかいのね」





これ以上、

何も知りたくなかったのに













(手放すことができない)


-fin

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