□残光をこの手で
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雨が轟音となって世界を揺らす。

頭の中にまで雑音に満ちて、気を抜けば発狂してしまいそうだ。

心が乱れていた、小さな薄暗い個室に閉じこもってうずくまり、振り払ったはずの過去が全身にべったりとまとわりついて離れない。記憶に残る声が、頭の中で何度も響いて気持ちが悪い。

どしゃぶりの雨が憎かった、厚い雲に隠れた太陽が憎かった、あなたがいない世界のすべては憎かった、けれど本当に許せないのは他の誰でもなく、自分自身だった。

大きな落雷の音で弾かれたように顔を上げる。
ああ、すべてがこぼれるように思い出されてしまう。


視界の先で、恐ろしくゆっくりと崩れゆくもの。わたしの心をも呑み込んで、崩壊を始めた。

きっともう二度と同じものなんて手に入らない。理解ってた、わけじゃなかった、でも眼前には明らかな現実が茫然とそれを証明して。

それでも信じられなかった。
考えるよりも先に震える足が前に出て、気付けば、この手はあなたの頬に触れていた。白すぎる肌がそこに在るのかさえはっきりとしなくて、溢れる涙を受け止めたあなたの唇が優しげな微笑みだけを遺してた。

二度とこの手に戻らない、ぬくもりも、その面影も、あなたが。

さよならを言わないで!

わたしのせいで消えないで、笑わなくていいから、わたしを憎んででもここにいて、優しくしないでいいから、ありのままを見透かすような瞳でこっちを見なくていい、どうかきれいな世界で生きていて。

知ってる、あなたはこんなにも歪んだわたしでさえ愛してくれるってこと。でもそんなのは嬉しくないよ、むしろ嫌なんだ、苦しいからわたしには何もなくていい。

あなたにはわたしが欠落してしまった世界が待ってる、きっとあなたはそんな世界でこそ幸せになれる。

お願いだからわたしをあなたが消えた世界になんて生きさせないで!








静かな部屋で、西向きの窓を大きく開いた。
薄暗い部屋が赤く染まり、室内に溜まった重たい空気が風に乗って空へと流れる。

そよいだ風に頬の涙を拭われた。






「わがまま、」

ぽつりと呟く。おろした髪の間を冷たい風がすり抜けて心地よくてはにかむ。

赤褐色の瞳にオレンジの陽が差し込んで憂える雫が煌いた。


そっと目を閉じて、そして、涙とは別れを告げるように、真っ直ぐな瞳を覗かせる。




「…わかってる、わかってるよ、わたしは」


窓に身を乗り出して果てしない空をじっと見つめる。
届かないのは承知で腕を伸ばし、震える指先で雨上がりの空を感じる。
ほんのり湿った風が心を鎮まらせてくれるなんて。


世界の汚いもの全てを洗い流してしまえばよかった。


乾いた夕暮れの街を越えて、空を仰いで、あなたの知らない世界を心に映して。


「さよなら」






-fin

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