□ココロ冬眠
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冬だから、この小さな家のどんな家具もひんやりと冷たくって。
だけど朝方のやわらかな光が差し込む寒々とした風情の寝室は、妙にあたたかく感じられた。






 
ココロ冬眠
ココロ冬眠


ねぼすけな貴方とわたしと、
















「オレンジ色だね」

小さな呟きは、本当に小さく口ずさまれた音色のようだった。あっけなく静寂に飲み込まれて――しかし同時に、拳程の大きさの小石が水の中にぼとりと沈み行くような、どっとした重々しい印象を心に刻み込んだ。

じわりと、切なさが滲んだのは心の中の熱。

キュっと唇を噛み締めて戸窓に手を伸ばした。
黄、橙、黄緑や薄紅色に染まる朝が、開かれた四角から辛気臭さに包まれていた薄ぐらい部屋を慰めるように彩り照らす。
光が満たしてくれたのは部屋の中だけではなかった。少女は頬を緩め、乱れた心が鎮まっていくのを確認するように胸に手を当て、ほっと息をついた。
気休めなのはわかっていた。
でも、こうして些細な何かにでも心を慰めてもらわないと、何度目かもわからない過ちを犯してしまいそうで恐かった。

またひと呼吸、それからふた呼吸、ゆっくりと終えてからすぐ近くの寝台に眠る少年に声をかける。

「お兄ちゃん、起きて」

寝台にそっと腰を下ろした。少しだけ胸を高鳴らせながらも、全く無反応な少年をため息混じりにすがめ見た。
そう、眠りについている少年――セネルは部屋が冷え切っているのもあって、ふかふかの毛布にくるまって起きようとしない、と言うより目覚めてもいない。

「お兄ちゃん!」

毎度のことで、彼の無反応っぷりには免疫もついているが、未だに一発にセネルを起床させたことのないシャーリィだった。
試しに軽く肩を揺すってみたが、小さく呻いただけで、目覚めるには到底至らない。

もはやどんな手を試せば起きるか、なんて、試行錯誤を繰り返すような次元は終わった。これまで幾度となく、シャーリィは彼女なりに努力をしたつもりだった。
ついさっき変に心を乱したせいか、今日はやる気も出ないまま手持ち無沙汰に、間の抜けていて愛嬌のある兄の寝顔をぼぉっと眺めていた。

思い付いたように頬をつっついてもみるが、相も変わらずすやすやすや。ああそうだった、この手は前に試行済み。あの頃は試行錯誤もドキドキできて楽しかったなぁ、などと遂には過去に甘酸っぱい想いを馳せてしまった。

「…ねぼすけにも程があるんじゃないかな」

脱力したようにそのまま寝台にぱたりと横になった。
セネルの事だけではない、先程から落ち着きを取り戻せない心にも、半ばうんざりしたとでも言えるだろうか。
みるみるうちに気持ちが溢れ出て、身体の中を駆け巡って大暴れしている。ひややかな室内の空気を肌に感じて、深みのある蒼の瞳がゆらゆらとうごめく。
自由を得た何かが、少女を掻き回し、生き生きと唄い出すように唇をついて零れた。

「お姉ちゃんなら………、」

続くはずの言葉が、気がつけば、計り知れないくらいたくさんあった。たくさんありすぎて、何も言えなくなった。たくさんありすぎて、恐くて堪らなくなった。
怯えた瞳が、ぞっとする程深みを増して蒼く、蒼く揺らめいた。



シーツをぎゅっと握りしめて、かたく目を閉ざした。しばらく強張った肩が震えていたかもしれない。
悲しくて、悔しくて、いつまでも囚われていることが歯痒くて、抜け出せなくて。


「シャーリィ?」

「?!」

意識を闇から引きずり出されて目前に訪れた光、と言っても薄暗い部屋だが、そこには半身を起こしてこちらを覗き込んでいるセネルの寝起きの顔があった。
立場が逆転している。まだ少し眠たげな目をしたセネルは、寝そべるシャーリィの前髪を軽く払い分けた。

「お…おにい、ちゃん」

思いがけない出来事に頬が熱くなるのを感じながら、息詰まる喉からやっとの思いで彼を呼ぶ。

「ん?」

癖なのだろうか。セネルはどんな時も、シャーリィに向ける優しい笑顔は絶やさない。
しかしそんな風に優しくされて、何故こんなに苦しくなるのだろうかとシャーリィは混乱する。セネルに優しくしてもらうことに、初めて違和感を感じた。

「いつ起きたの?」

身を起こそうとはしたものの、彼がいっこうに体勢を変えてくれず、仕方なく問いを投げかけた。

「…ああ、それは、シャーリィが窓を開けるくらいには」

「え?」

瞬時にはその言葉に含まれた意味を理解することはかなわなかった。
覗き込まれた体勢で本当なら恥ずかしくてたまらないはずなのに、セネルの言葉に全身の熱が奪われたような気がした。彼の意図を理解しかね、更には何も考えられなくなった、ただただ驚きに脱力する。
セネルは少し困ったような顔をして詫びを入れていたが、シャーリィはぽかんとするしかできなかった。

セネルがゆっくり体勢を元に戻すと、彼の腕が優しく手を引いてくれたので、それに合わせて身を起こした。
それでも、衣服ごしの体温を感じても何も感じない。それどころでなくて、セネルの瞳を真っすぐに見つめていた。

「…え?」

再び声に漏れた疑念。彼の腕に手を添えたまま、呆けたように首を傾げる。
シャーリィのくりっとした瞳がセネルを射抜き、降参するかのように肩を竦めて白状を始める。

「起きてたけど、狸寝入りしてた」

「どうして…」

「初めは本当に寝てるんだ、多分起こしに来てくれて暫くしたら目は醒めてるんだけど…」

黙り込んでしまったセネルが、決まり悪そうに俯いてしまう寸前、赤らめた頬に気付くべきではなかった。シャーリィは彼の途切れた言葉の続きを漠然と、しかし確かに理解してしまった気がする。なんて浅はかだろう、勘違いならいいのに、と反射的に考えはしたが心は裏腹に熱に捕われ、全身に熱が及んだような気がした。
真っ赤に染まる頬が熱くて目眩がした、頭が痺れたように痛む。心音が鼓膜の内側で響いて耳鳴りのようだ。
泳ぐ視線が恐る恐るセネルをとらえた。俯いた彼が、迷ったように、しかし何かを口にしようとしてるのが視認された瞬間、身体が大きく弾かれたように一度だけ震えた。


「――いい」

「っ、シャーリィ?」

「もう聞かないから」

聞きたくない、彼が何を考えていたかなんて。
浅薄な願望が生んだ勘違いならいい。勘違いであってほしい。

けれど、

勘違いであってほしくなかった。





滑るように寝台を降り、駆け足でセネルの家を飛び出した。


すっかり陽が昇った、果てない青空の下を足早に歩いた。

冷たい空気が世界のすべてを洗練するように広がる。
微かに降り注ぐ朝陽に金色の髪がきらきら輝いている。冷ややかな風が熱を帯びた頬に心地よく流れて、我に返ったように立ち止まった。

溢れそうになる涙を堪えて目を細めたけれど、ひとふた雫はこぼしてしまった。






















ほんとうのめざめを

この手にできるときは、いつ





-fin

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