□ひらりひら
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ひら、

ひらひら、


舞い上がる蝶の影がひとつ













 







びっくりした。

目の前には同い年の少女のやわらかな寝顔。
(もっとも、その少女シャーリィは自分のことをほんの少し年下扱いしている感じがする。)
薄く口が開いている、歳の割に幼げな寝顔だ。
そんな迂闊な彼女の寝顔に一瞬でも見とれてしまう。

きれいだった。

透き通るような真っ白な頬は水面のように、美しい金色の髪の影を写し出す。
長い睫毛でさえ、はっきりと、鮮明に。


そのままただ綺麗だと言う感想で終わればいいものを、ひねくれた性格のせいか、皮肉にも彼女の種族的、立場上の問題を真っ先に思い描く。
これが、メルネス――水の民、即ち湟髪人を統べる者、ネルフェスの代行者。

<異物>

そういった認識をせざるを得ないような美だった。






ひら、

ひらひら、


夢の中まで追いかけて

捕まえてしまったら


消えてしまうのだろうか



青白い光を帯びた蝶



今だけは、

(触れられる?)





よく晴れた日の昼下がり。

「起きてください、シャーリィさん」

強張る声。
そんな自分が、不思議に感じられる?

「…んっ、……ぅわ、わたしったら寝て…?」

目の前で慌てる少女の頬が少し赤く染まっている。

「大丈夫です、不本意ですが僕も居眠りをしていたようです、気になさらないで下さい。」

さらりと言ってしまうと、シャーリィは謝罪しかけた体制から、一気に力を抜かす。

「あ、うん……」

そしてぎこちない笑顔になる、ジェイの冷淡さを知る彼女が驚いたのは、やっと以前よりは打ち解けたはずの二人の関係に、少しばかりの歪みを感じたから。
彼の敬語はここまで堅くなかったのではなかったか、と少女は過去を反芻する。

「セネルさん達は向こうで遊んでいるようですね」

湖の辺にある木々のもとに、二人は休んでいる。
確かに、ノーマやモーゼスの底抜けた明るい声が遠くから響いてくる。
そよぐ風が気持ち良い。
木葉の起てる音も心地良く、再び眠気を誘いそうだった。
と、途切れ途切れにセネルの悲鳴が聞こえれば、少女の表情は一変する。

まるでただ本能のまま。
彼を感じれば、ただ真っすぐに。
だだそれだけ、それしか感じられなくなる。

馬鹿馬鹿しい。



「……まざってきたらどうです?」
目を合わせない。

「えっ?」

少女はどきっとしてジェイの顔を、大きな目をぱちくりさせて見やる。

「セネルさんが気になるんでしょう?」

予想通りのシャーリィの反応に心の内で呆れる。
彼女は少し照れた仕草を見せたあと、立ち上がる。
何故だかジェイは、彼女の姿を見ていられなくて目を逸らす。

「えぇと、じゃあ…」

さっさと行ってしまえばいい。
太陽が厚い雲に覆われ、辺りが一気に陰った。

光が薄れる、失う。

目を、そっと伏せる。




「一緒に行きましょう」

「!」

シャーリィはジェイの手をとって共に立ち上がった。彼女は笑っていた。
そして朗らかな笑顔は、光に照らされた。

「……え?」

「ふふっ…ほら、はやく!」

ジェイはずるずる引っ張られそうになる。
相変わらず少女は笑顔で。
(何が楽しいのだろう…)
彼女手を払いのけた。

「…、一人で歩けますよ…引っ張らないで下さい」

「あぁっ、ごめんね…」

彼女が少しだけ気落ちした様だったのにほっとした。
ジェイは無意識に後ずさっていた。

「じゃあ、行こう?」

今度は手をとることはなく、彼女は歩き始めた。

少し距離を置いてから歩き始めようと、シャーリィの様子を観察していた。

すると、少女は振り返ってジェイを見た。
遠慮がちにもほほえんで、彼の反応を待っている。

ジェイは目を逸らしながらも今行きます、と呟いた。









あたたかい

ぬくもりを残して




ひら、

ひらひら、


僕の手にとまれ










(どうか、もう一度)




-fin

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