□天駆ける星
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深い闇


底無しの漆黒

混沌とした穴の中へ













溢れる光のカケラ
失わないで
















瞳をそっと閉じる。

ひとつ深い息を吐く。




眠れない、長い間横になっていたものの全く眠気を感じない。
再生の神子コレット・ブルーネル、少女は自身の身体に生じた奇妙な変化に戸惑っていた。
疲労というものさえ感じていない気がする。
味覚を失って、眠気も失って、生としての不利益を全て失うのだろうか。

狭いテントの中、隣で眠る幼なじみや先生の様子を伺って外へ出ようとした。
月明かりを頼りに想いを寄せる少年の顔を探し出す。
と、視界にはいった途端、身体が震え上がった。
彼の気持ち良さそうな寝顔に一瞬でも怯える。

「…わたし、ロイドとは別のモノになっちゃうね」

ぽつりと響いた自分の声に、現実を突き付けられた。

「天使になる…、なって」

わたしは死ぬ。

わかっていたことだ。
どうして怯える、何が恐いというのだ。
(あなたとの存在の別離が)
共に旅をするべきではなかったのか。
(あなたと違っていくことが)







逃げ出すようにテントを後にする。

外は満天の星空だった。
360度大地を見渡せ、イセリアの地では到底見られなかった美しい光を放つ広大な星の海。

旅を始めたばかりの頃はこれらがどんなに美しく感じられたか。
今は何故こんなにも何も感じない?

心が動かない、鈍い。

ロイドと一緒に星を眺めていっぱい話しをし、寂しさが埋め尽くされるほど幸せだったあの時を、もうじき忘れてしまうというのか?

生としての不利益。
感情もそうだというのか。


漠然と考えて、しかしそれ以上何かを考えることはしなかった。

ただ恐い。

瞳を閉じて心を静めて。
手を握りしめて首を振る。

「だめ!だめだよ!…だめ………」

力無い声は、少女に憂いを加えてしまう。

「……だめでしょう、コレット」

小さな声でそう言い聞かせるように、震える身体を抱きしめる。

「眠れないのか、神子よ」

はっとして振り返る。
焚火の側で眠るノイシュの傍らにクラトスが腰を下ろしていた。

「あ…はい、その……」

見張り役の彼のことを考えていなかった。
出来れば誰にも知られたくなかったのに。
コレットはうろたえて考えを巡らせた。
眠れないのはきっと今晩だけではないのだから、これからどうやって眠れないことを隠し通せばいいのか。
だがそれはクラトスの声で制止を受けた。

「昔、天使の試練について詳しい話しを聞いたことがある」

「…え?」

「………」

ちらりと目が合う。

ずき。

「眠れないのだな」

ずき。

コレットは目を大きく見開いて、眸を震わせた。
強張っていた身体から一気に力が抜ける。

「……はい」

彼が何故そんなことを知っていたのかとか、どうして自分は正直にいってしまったのかとか、考えられなかった。

「そこに座るといい」

「あ…」

「ロイドは陽が昇る頃に起きて稽古をせがんでくる、それまでにテントに戻れば誰も気付かないはずだ」

びっくりした、クラトスは優しい人だとは思っていたが、必要以上に優しさを振り撒かない。
気を遣ってくれるようなことはないと思っていた。

「ありがとうございます」

「……」

黙ってしまったが、静かな優しさが"どういたしまして"とあたたかい返事をした気がする。
コレットは嬉しくて、恐怖でからからに乾いた心が潤う様だった。
ただ傍に居て、黙っていたって優しさが溢れ出る、そんな彼の性質はどこかで触れたことがある気がした。







そういえば、
小さい頃もそうだった。

わたしは、
村中の人々に愛されて満たされた女の子。
幸せな再生の神子

でも本当は
孤独の中に居て、
寂しいと言えなくて
それは許されなくて。


だけどあなたは、

ロイドは気付いてくれた。


あなたが傍に居てくれて

あったかくて、

うれしくて、

しあわせで、

だいすきで、




ああそうだ。

だからわたしは、











失うのが恐くなって


自分よりも、

何よりも大切で愛しくて




あなたを通して

世界を愛せた










「ロイドったらお腹出して寝てたんですよ」

気付けば、沈黙と少女の独り言の交代が続いていた。
クラトスは時々何かを呟くだけだったが、コレットにはそれらやしんとした沈黙も苦痛ではなかった。

彼の隣はあたたかく、居心地がよく、ロイドと話すときのように楽であった。

「リフィル先生の料理ってそんなに変な味なんですか?」

「……私も味音痴なのだ」

率直な意見を控えるための言い訳なのか、それとも本当にそうなのか、彼には不似合いな言葉でコレットは思わず笑った。

「ふふ、…なんだかクラトスさんってロイドに似てる気がします」

「!」

彼がほんのわずかに動じたことに、コレットは気付かなかった。

「なんて言えば言いのかな、小さい時から変わらないロイドの雰囲気と似てるんです」

「…そうか」

「わたし、ロイドの心の芯から優しいところが好き…誰のことも心配して信じてて、あったかくて…あっためてくれて」

「………」

コレットは頬を赤らめて微笑む。

「クラトスさんにも、そんなあたたかさがあるんだと思います!」

「神子はロイドのことが好きなようだな」

「…〜っはい!わたしみんなのことが大好きです、イセリアの人達も先生も、ジーニアスもロイドも」

「……、」

クラトスは訝しげに少女の顔をうかがうと、無理矢理に話をずらそうとする赤面娘があたふたとしていた。それを見た彼はふっと小さく笑った。

「大好きで…だからこの旅にも頑張れてて」

「恐いのだな」

彼女はクラトスを見た、ほんの少し見開いた大きな眸を、悲しげに細める…今にも涙が溢れそうな眸を。

「はい、…クラトスさんは何でもわかるんですね」

「……」

「…この気持ちまで失うのが恐い、みんなが好きって気持ちがないと……わたし…っ」

涙が頬を伝う。

「死に別れて尚も、護りたいと言うのか」

クラトスの声はいつになく感情的で、悲痛なものを感じさせた。

コレットは伏せた目をゆっくりと開いた。
凜とした蒼い眸が、真っ直ぐにクラトスを見つめる。

「わたしにしか出来ない、わたしがしないと世界が滅ぶと言うのなら」

それはロイドと出逢って初めて決意出来た想い。

「大好きなみんなと会えなくなったとしても、わたしがみんなを護らなきゃ」

クラトスは黙り込んだ。

一人の娘が背負うにはあまりにもむごい役ではないのか。
残される者の傷みさえ省みることもない――。

「迷い無く自分の想いを信じているか」

「…はい」

涙に濡れていた頬は乾き、紅潮した頬は彼女の緊張を伝える。

「ならば私は、神子を救いの塔へ送り届けることを、改めて誓う…」

クラトスは静かだがそれは確かに厳格な低い声で、誓いをたてた。

「神子の貴い想いは私の胸に刻もう」

コレットは思いがけない彼の言葉に圧倒されてしばらく動けずにいた。

「………あ、よっよろしくお願いします!!」

彼はあまり反応を示さないが、普段より感情的なのが目につく。
どきどきと高鳴る胸を撫で下ろすと少女は、夜空を仰いだ。

「……恐いのが、少し楽になります…わたし、再生の旅を成功させられるかな」

コレットは、まだ在る感情を慈しむように胸元を押さえる。

「ロイドへの気持ち…」

自分にしか聞こえないくらいの小さな声で囁く。


クラトスにもうすぐ夜明けだと告げられてテントへ戻ったコレットはそっとロイドの寝顔を覗き込む。

「ロイドが幸せならいいんだよ?」

この時、優しく微笑むことができた。

「そのためならわたし…」








「っはよー!クラトス!」

元気いっぱいの少年がテントから出て来た。
空が薄明るくなって来て、大地が目覚める音がする。

「さっ、今日は何稽古するんだ?」

「ロイド、……」

(大切な者の傍にいながら、その者を目の前で亡くしてしまう……)


「ん?」


「―――…」



貴い想い


貫く

















光り輝く星々


流れるカケラ達を
拾い集めてみよう

そしてあなたに届くように
大切な
想いを放つ

(そして、消え逝く)




あなたが幸せなら

(きっと夜空の星になれる)









-fin

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