□喧嘩して、
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「シンク!」

華奢な少年の背中。
それは驚くほど儚くて、遠くて。
呼んでも反応を示さないから、余計に恐くなった。

勇気を出してもいいのだろうか。

あなたが好き


そっと触れる。
僅かに震えた彼の背中に手を添えて、頬を寄せ、身体をゆだねる。

「…シンク」

「アンタは…イオンのことしか見てないんじゃなかったの?」

黙っていた少年が、小さな子供がすねたような声で、吐き捨てるように言った。
シンクの背中は華奢だったがあたたかく安心でき、緊張しきりのアリエッタは何とか喋ることができた。

「アリエッタは、シンクの…や、優しいとこ…知ってる……イオン様とはちが、けど…シンクも優し…」

どきどきしながら想いを伝えるのは難しくて何度も噛んだ。
するとシンクが急に振り返って来たので、びっくりしたまま固まってしまう。

「………ふぅん」

今日の彼は仮面を付けていて、この反応がどういったものなのかアリエッタには解らなかった。
それどころか仮面の端から見える口元が、への字に曲がっている気さえしてうろたえてしまう。
だがシンクが次に取った行動は全く予想もしていないことだった。
細い指がアリエッタの頬を掠める。
桃色のさらさらの髪をすいて、払って、次には優しく頬を撫でる。

優しかった。
もっと優しくして


いつもよりずっと優しい手つきでアリエッタの肩に腕を回して抱き寄せる。

「じゃあ、なにしてもいいの」

試すような言い方、アリエッタは真っ赤になって身体を強張らせたが否定も肯定も出来ずにシンクにしがみつくばかりだった。
それを面白がる様に、彼は小さく笑って身体を離す。

「冗談に決まってるじゃん、アンタって本当に馬鹿だよね」

そう言いながら仮面を取ると、皮肉っぽさとただ純粋に嬉しそうな笑みがそこにはあった。
何が嬉しいのかアリエッタには考える余裕もなく混乱し、恥ずかしくて顔を俯けてしまう。
だがシンクの手が再び頬に触れ、慌てて顔をあげた時には唇を重ねていた。
跳ね上がりそうになる程の驚きを必死に抑えた。
すぐに離された唇の感触に圧倒されて、まともに身動きも取れない。

「……ほら、帰るよ」

アリエッタは彼がどうして無表情でいられるのか解らずに居た。
けれどそれは彼女が鈍いだけで、ほんの僅かにだが彼は、目を伏せて視線を反らすという照れたような仕草を見せていた。
彼は背を向けてしまったが、少女の手を取ってぐいと引っ張る。
アリエッタは少しだけ安心したように微笑む。
彼と手を繋ぐのは、心が何よりも休まるのだ。

「…うん、ラ、ラルゴに御礼、言わなくちゃ」

「はぁ?何で急にラルゴなのさ」

すっかりすねたことを忘れたシンクは、アリエッタの突拍子のない言動と微笑みに、やや引きっつた顔になってしまう。

「ラルゴ…」

変わり者の少女はまた、よくわからない所で笑ってシンクを困らせた。
少年は何となくラルゴに嫉妬しかかったが、非常に野暮な気がして肩を落とす。
かわりに繋いだ手をさっきより強く引いてみるのが、彼なりの愛情表現だったのかもしれない。




-fin



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