□夜空の星
1ページ/2ページ




「今度こそ絶対、お前を護るから!」



ううん
そうじゃなくて

わたしがあなたを
護ってみせるはずだった
















「うわぁ…!!」

しんと静まり返った大地に、少女の歓声が鈴の音の様に響いた。
空は漆黒の闇に染められて、風はひんやりとして冷たかった。

「………きれい」

少女の蒼い瞳は、夜空の星々に彩られ輝く。
うっとりと空を見上げたまま、ぽつりと呟く。
彼女は独り、大きな樹の根に腰掛けた。

独りになりたかった。

強くて、元気で、優しい。
大好きな人と距離を置きたかった。

樹の肌に手を添える。
地肌で感じるざらつき、夜露の湿り気、あたたかさ。
夜が際立たせる植物の香りを運ぶ風。
虫の羽の音、草花の揺れる音。
感じるものすべて、心地よい。

取り戻したこの感覚は、

「ロイドのおかげだね」

優しい笑みが、自然とこぼれた。
ありがとう、と声に出さずに囁いた。


でもどうして

こんな気持ちに
なっちゃうのかな




「コレット!!」

「―――っ!?」

少女は飛び上がるようにして驚き、慌てて声のした方へ振り返る。
一瞬強張った顔を、声の主を確認して緩めた。

「ゼロス…」

「だひゃひゃひゃ〜似てたぁ?」

「えっ、もしかして今の……ロイドの真似?」

「ありゃ……」

薄暗い夜でも、よく映える赤毛。
ゼロスは肩を落として、似てなかった?と笑いながら呟いた。
少女―コレットはそんな彼を可笑しそうに笑った。
正直、彼女は最初、ロイドに呼ばれたと思ってびくついた。

(ロイドにもし見られたら、すっごく心配するだろうなぁ…)

ロイドの心配は、嬉しくて…でも切ない。
天使化してから、やっと意識を取り戻してからずっと、ロイドは心配性になった。

(ごめんねロイド)

「どったのよ、コレットちゃん」

優しい声で頭を撫でられたみたいで、コレットは隣に腰掛ける彼を不思議に思った。
いつもふざけているのに、時々すごく冷たくて厳しくて、悲しそうで…優しい。
そう思った、今の彼はいつもの女タラシじゃなくて、優しい彼?

澄んだ瞳を夜空へ導くように、星空を指差した。

「……星がきれいなぁ〜って、えへへ」

ゼロスはきょとんとして目を瞬かせた。
いつも少女が見せるやんわりとした微笑が、少しだけ切ないのに気付く。

「何か悩んでるんじゃねーの?」

「………うん、悩んでるのかな」

「別にいーよ俺、ロイド君にも他の奴にも黙っててあげるし」

「悩んでるとかじゃなくて、ね」

迷い戸惑う様な声で、心の中を紡ぎ出す。

吸い込んだ息が震える。
声が掠れそうで、一度口をつぐんでもう一度唇を開く。



「わたしはもう、何も役に立てない、」


赤い髪の青年は目を伏せる。

少女の怯えた声は、恐怖に染まる心と同じ。

「わたしじゃ誰も…ロイドを護れない」

闇の中の光りが霞んだ様に、星が煌くのは不安をあおる。
朝が来てしまえば、星は消え行く。


「そんなに怖い?世界を救う力は最初っから無かったにしても、自分自身じゃ世界が救えないと決まってしまったから?」

自身の鼓動が大きく跳ね上がることに、コレットは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

(世界を救えなかった)



幼い頃から
決められた宿命

天使になって
死して世界を救う


ロイドやみんなを好きで居られて、だから救いたいと願った。
だから世界再生を夢見て旅をした。
夢じゃない、命と引き換えでも実現させる願いとして。

でもそれは
叶わなかった

あなたの世界を救うはずなのに
あなたにただ傷と世界の真実を残した


「せっかくロイドが治してくれたのに?」


ロイドは言った

誰かが犠牲になる世界なんておかしい



「自分の命を犠牲にして世界を救いたいと思うのか、また」


「………」

「コレットちゃんはすっごいね〜」

「ゼロス」

「同じ神子とは思えねーぜ(俺は、絶対嫌だ)」

闇に浮かぶ星々も満月も輝く空。
(その空を仰いだ青年の表情は、何よりも冷たかった)

しばらく二人はお互いに考え事をしている風に黙っていた。
少女はますます暗くなった表情を膝に埋めたり、立ち上がって空をただ見据えたりした。
自分の髪をいじりながら彼女を見つめていたゼロスは思いついたように言った。


「夜空の星って、コレットちゃんみたいだな」

「へ…?」

半分笑ったその顔は、闇であまりよく見えなくて、コレットはほんの少しの恐怖を彼に抱く。

「夜空の中に在る星…」

低い声で囁いて、ゼロスはすっと立ち上がり背を向けた。
コレットは先程の不穏な影に戸惑っていた、彼が何を言いたいのかなど解るはずもない。

「…ゼロス?」

「綺麗に輝いてるってこと〜」

軽くこちらを振り返っただけで、ゼロスはいつものおちゃらけた素振りで片手を振る。
コレットは首をかしげる、彼に抱くさまざまな印象は、すべて自分の思い過ごしなのだろうか、と。
現に、こちらを向いた彼は、いつものようにどことなくおどけた風な笑いを浮かべているではないか。
いつものように、おちゃらけていて、女の子に優しく気をかけてくれる彼だ。

「そろそろ休んだ方がいいんじゃない?ロイド君にも悪いっしょ」

「そだね、…わたし、感覚が戻ったことは本当に嬉しいんだよ?」

「そーそっ、……心配させたくないんだろ?」

「……うんッ!」



肩を並べて夜空の下で歩む道はあたたかい光りに照らされていた。

「ありがとう、ゼロス…話を聞いてくれて」

少女が優しく微笑んで囁く。
赤毛の青年がそれを聞いて哂う様に口元を歪ませたのを知らずに。











闇夜の黒が、暗ければ暗いほど星がより輝いて眩い。

漆黒が深く深く沈めば、閃光は凛々と際立つ。







もしロイドが望むなら

あなたと
望みを叶えたい

だけど
叶わぬ望みなら

あなたを救える道を逝く




 -fin
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ