長編「落月賦」

□韶馨
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「香宗我部右京亮親泰と申します」

深々と礼をする少壮の使者を、元就は好ましく思った。
作法に慣れ、挙措が清々しい。気韻清らかな武士である。
「面を上げられませい」
声がかかると、作法通り、低めに上体を起こす。
やはり、顔が似ていた。
兄弟たちに比べ、雰囲気は穏やかだが、大きく涼やかな眼差しは確かに、よく似ている。そう、元就は判じた。
一方の親泰は、初めてまみえる毛利家の当主と首脳たちの顔を油断なく記憶していた。
上座の毛利元就は、間違いなく本物だ。顔を上げた瞬間、射竦めるような冷厳な眼差しと目が合い、背を氷で突き刺されるような寒気が奔った。
華奢な体躯を朽葉の地味な直垂に包み、端座する姿からは、静かな威厳が迫ってくる。
慎重に言葉を考えながら、口を開いた。
「お目通り、感謝申し上げます。この度は、我が主たる長宗我部宮内少輔より命を受け、毛利様への使者として参った次第にございます」
簡潔な口上は、縟礼を嫌う元就の人となりをよく調べている。悪くない、と判断した。
「よかろう、長宗我部の使者よ。話を聞こう」
親泰は、内心で驚いた。まさか毛利元就が直接、言葉をかけてくるとは思わなかった。
同時に、微かな期待を抱いた。毛利元就は、この会見に関心を持つからこそ、このような行動に出たと見るべきだ。とすれば、この交渉には脈がある。

――いいか、泰。俺に考えがある。お前はその筋書きを踏んで、毛利にあたってくれ。

最初に口上を聞いたときは驚いたが、毛利元就の四国への関心を計算した上での文句であれば、納得がいく。
(やはり、四国は兄上ならでこそ)
その矜持が、親泰に自信を持たせた。
「我が主においては、この度の戦にて毛利公と相見え刀を交えた折、公のお力を直に知ることと相成り申した由――ついては、この度、安芸との同盟を望んでおります旨、ここに言上奉る次第にございます」
“和睦”ではなく、あくまで“同盟”―― 敗北間もないというのに強気な言葉を、普通の人間は無謀で身の程知らずだと思うだろう。
だが、四国を直截の脅威と敵視する謀神ならば、どうであろうか。
親泰はまた、重臣たちの反応も注意深く見守っている。
意外にも、上座で動揺を見せる者はいない。
若い家臣たちは露骨に不快そうな顔をしているが、声高に異を唱えることはしない。
こちらの真意を冷静に見ているのだろう。
(主が主ならば、家臣も手ごわい。)
少なくとも、彼らは意思を持たぬ“駒”ではない。
自らの意思で毛利元就を補佐し、従うことを選び、それを許された者たちだ。
そして、彼らが奉戴することを選んだのが、毛利元就だと思い当たったとき、親泰は、己の相手にしている存在がいかに強固で強大であるか、否応なしに理解した。


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