武田信玄は、盤上を見つめる華奢な青年を、興味深げに眺めていた。 すでに戦局は大詰め。黒の武田側は、下手を打つと押し負ける。 ――やりおるわ…。 剃り上げた頭を撫で、信玄は呻った。 中国の領主である毛利元就が、突如として甲斐へ書状を送ってきたのは一月前のこと。 表向きは「織田を牽制するために誼を通じたい」とのことだったが、そのあとが尋常ではない。 当主である元就直々に甲斐を訪問したい、と書いてあったのだ。 「罠ではございませぬか」 信繁に見せれば、即座にそう答えた。 「毛利は謀略に長けた将と聞いております。訪問に乗じて甲斐領内を撹乱する策やもしれません。あるいは、兄上のお命を――」 「うむ、さもありなん」 それは信玄自身、最も警戒していることだった。 が、正直に言えば、訝ると同時に抑えがたい興味が湧いた。 煩雑な中国を一代で統一した詭計智将。その戦ぶりを分析すれば、最上の条件での勝利を得るためには多少の犠牲など厭わない、冷徹非情な姿勢が浮かび上がる。 そんな人物が、誼を結ぶためだけに武田を選んだのではないとは、信玄は百も承知であった。 毛利は天下に関心の欠片もないようだが、上洛を目指す武田氏としては、都の背後に控える大国について、ぜひとも知っておきたい。 何よりも、毛利元就という人物を知りたい。 結局、愛弟子や弟、重臣らの反対を押し切り、信玄は会見に同意した。 「お館様、御身を大事にしてくだされ」 真摯な眼で気遣う幸村の柔らかな髪を、慰めるようにくしゃりと撫でてやる。 「なに、心配はいらん。いざとなれば佐助がおる」 なあ、と話を振れば、佐助は大仰に肩をすくめた。 「大将、特別手当付けてよね」 |