長編「落月賦」

□鬼手宿る
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硝煙の匂いが充満する艦内。
黒と緋でしつらえられた軍勢の中を、若草色の奔流が駆け抜けていく。
先刻と比べて、随分と人数は減ったものの。
本流の鮮烈な緑は、依然として輝かしく得物を振るい、しなやかな所作で戦場を舞っていた。

「僕たちは、彼の評価を少々、改めるべきかな。秀吉」
竹中半兵衛は苦笑しながら、その報告を受け取った。
「半兵衛、お前の策が破られるとはな」
「賤ヶ岳より引き返し、主力を直接、急襲する。…計算づくでしか動けない人かと思ってたけど、なかなかどうして、大胆なところもある」
いつもの皮肉や嘲笑に見えて、それが珍しく称賛の意を含んでいることは、豊臣であるからこそ理解できた。
が、すぐに鼻を鳴らした。
「ふん、兵を犠牲にする戦など、策とは呼ばぬ。ただの“無能”というのだ」
いかなる策略も、圧倒的な力で直接、叩いてしまえば崩れると、そう踏んでいた。
毛利元就という人が、少数と大多数との戦を数多く経験していることは、無論、知っていたが、それは多くの場合、元就自身の仕掛けた謀略によって、戦う前から戦力を削いだ状態であった。
今度の侵攻は、そのような調略の暇も隙も与えなかった。
それなのに、状況は互角か、不利に傾きつつある。
今度は元就自身が戦艦へと乗り込み、指揮官や将校を狙い打ちして艦内を大混乱に落とし入れ、中枢である半兵衛と豊臣のみを確殺で戦場を駆け上ってきた。
「兵は捨て駒、か。ある意味、正確ではあるけれど、それを取り繕わないのが彼の不思議なところだね」
中国の主が、家臣兵卒以下、軍を構成する者をそう見なして憚らぬことは、少し情報に詳しい者ならば誰もが知っていた。
そして、勝利のためならば自軍の兵士を平然と死地へ送り、それに一片の呵責も抱かぬこと。
「己の認識の誤りに気付かぬ主に、従う兵こそ、哀れよ」
今度の襲撃にも、毛利元就は、全滅を承知で護衛に一隊を用いたのであろう。
「それでも、未だに元就君は討たれてすらいない」
「半兵衛、行くのか」
気遣わしげな親友の視線に、半兵衛は心からの微笑で答える。
「大丈夫、体調が悪いなら、最初からこんなところには来ないよ」
それに、と、徐々に騒乱の度合いを増す艦内へ、目を走らせた。
「絶好の機会だ。中国十カ国の主・毛利元就を確実に仕留める、絶好の」



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