長編「落月賦」

□厳島奪還戦
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瀬戸内海が碧いというなら、土佐の海は蒼い。
晴れた日には、沖は蒼く、海は藍の襲色目というか繧繝というか、濃き薄き藍色を幾重にも重ねた色。
そんな蒼い青い土佐の海から上がる石は、波に洗われてつるつるに磨かれ、その白い表面は太陽を反射して、薄く五彩を見せる。
土佐の子供たちは、これを「五色石」と呼び、おはじきや飾りに使った。

元親は、五色の石を違うことに使っていた。
砂浜へ地図を描き、石を置いては軍議の真似事をしていたのだ。
戦は嫌いだが、そんなこと――頭を使うことは、割と好きだった。
真似事は、成人して、船に乗って、初陣を経験するうち、本当になった。
そうして、今、厳島神社の拝殿に置かれた本陣で、地図に使い古した五色の石を並べている。

「妙だ」
腕組みをし、難しい顔で地図を眺めていた元親が、ぼそりと呟いた。
「いかがなさいましたか」
それまで静かに控えていた谷忠澄が、やはり静かに尋ねた。元親の性分をよく理解している忠澄は、主君が考え込んでいるときは口を挟まない。もっとも、話しかけたところで、思考に没頭している元親がまともに反応することはほとんどないのだが。
「忠兵衛、毛利の軍船が攻撃してきたってのは、二日前だったな」
「は、二日前の卯の刻頃にございます」
「一隻で忍び寄ってきて、物見に大筒ぶっ放して厳島の方向へ逃げた」
「左様です」
しかし、潮流に阻まれて船足が鈍ったところを、長宗我部軍の追っ手による砲撃で沈められた。
長宗我部軍と毛利軍による厳島の戦いこの方、両軍は極度の緊張状態にあった。
海峡付近は両軍の警備の軍船が、威嚇の意味も込めて巡航し、村上水軍と河野水軍の間でも関係は悪化の一途をたどっていた。
そこへ、今回の騒動である。
家中の意見も一致し、元親は即日で厳島出兵を命じた。
しかし、厳島へ布陣し、重騎の整備完了を待つだけとなった段階で、元親は地図とにらみ合いを続けていた。
「そうか、船だ…!」
床机を蹴倒すように立ち上がると、元親は軍船の位置を確認した。
「くそっ、やっぱりだ!」
「どうなさいました」
「隼人、船はどうなってる!?」
「社殿付近に停泊させる場所はござらぬ故、宮ノ尾を抑える辺りに――」
「すぐ呼び戻せ」
厳しい表情で命じる元親に、隼人もその意図を悟った。
狭い厳島では、軍艦を泊める場所は限られている。無論、自在に動かせる場所もない。
これでは、陶軍の二の舞である。
「アニキ!来ました、毛利の水軍です!」
水夫の報告に、元親は嵐斬を引っつかんだ。
「野郎共、配置に着け!」




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