長編「落月賦」

□長夜台
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因幡は市場私部城主・毛利信濃の内応に進軍した尼子軍は、毛利元就の命を受けた若桜の矢部氏に攻められ、私部と尼子は分断された状態になった。
そして、在郷の一村に陣を構えた尼子軍を、毛利軍は村ごと焼き払ったのである。

尼子軍は潰走し、尼子勝久自身は上月城へと退却した。自身も将器を備えていた勝久は、尼子の援兵を失った私部城の末路を本能的に判断したのだろう。
出雲、因幡の情勢には殊のほか神経を尖らせている元就が、内通者に下す制裁は明らかであった。
天野隆重率いる毛利軍が私部城を包囲したとき、城主である毛利信濃はすでに家臣によって首を打たれていた。
私部城は内から開城され、城主一族はじめ内通に関わった者は斬られ、密に誼を通じた周辺の領主にも追討の兵が差し向けられた。
同月、上月城も宇喜多直家率いる大軍の前に落ち、尼子軍は再び地に潜った。


「尼子勝久の首を挙げられなんだか」
富田城からの報告に呟けば、報告を持参した福原貞俊が気遣わしげに眉を寄せた。
「天野殿の鎮撫により、因幡・出雲に動揺は見られませぬ」
主君の気難しさを熟知している福原の諌止に、元就は内心で苦笑した。
「それでよい。徒に長引かせては、竹中や宇喜多の思う壺よ」
元就は嘲るように宇喜多からの書状を放り投げた。

宇喜多家よりの報告には、山中鹿之助を取り逃がした、とあった。
恐らく、半ば真実で、半ば嘘であろう。城を落とした後、積極的に探そうとはしなかったに違いない。
宇喜多は豊臣とも同盟を結んでおり、嫡子・秀家は豊臣の養子として近侍している。
あの策謀家が、今度の尼子の蜂起の背後に竹中半兵衛の影を見ていないわけがない。
とすれば、西の同盟国である毛利家に言い開きできるよう尼子軍はしっかりと攻め落とし、東の同盟国である豊臣家の顔を立てて山中を見逃すくらいは、平然とやってのけよう。

「問題は、明智だな」
「は、各地に放った草からも、上月占領後の明智軍の足取りは杳として掴めぬとのこと」
こればかりは、さすがの宇喜多といえど手を抜いた様子はない。
おそらくは豊臣軍も行方を追っているに違いない。
明智の保持する軍事力は、当初の予想を超えている。のみならず、目的もなく他国を蹂躙し、ひたすらに虐殺を繰り返し、ふたたび霧のように消えてしまう。
そして、強い。明智軍が、というよりも、明智光秀自身が軍そのものといってよかった。あとの将兵は、主の目的地へ主を運ぶための手段に過ぎず、時として主の異常な欲求の犠牲となるにすぎない。
そんな狂気そのものの軍団を放置しておけるはずがない。
現に、毛利元就ほどの使い手すら深手を負わされたと、他国は明智の行動に震撼した。

「戦が終われば散らせ、明智が求めれば集う、か…」
「明智軍の捕虜は、皆、主への恐ればかりを語っておりました。何ゆえ、主から逃れず、素直に召集に応ずるのか…私には理解できかねます」
捕虜たちの怯えようを思い出したのか、桂元澄は軽く頭を振った。
「いずれにせよ、乱は鎮め、豊臣の策をもくじいた。今が機である、明智が山崎へ戻り次第、兵を進める」



山中鹿之助の乱より一月後、毛利元就率いる小早川・児玉水軍が摂津へと出兵した。
「皆の者、いかなる手を使ってもかまわぬ。敵大将をいぶり出せ」
目指すは山崎――天王山である。






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