長編「落月賦」

□霄濤
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さざなみの音がする。
勝鬨も歓声も、戦の喧騒は何もかも、まるで海一つ隔てた島の出来事のようだった。
ふと、目の前に倒れている男に意識を戻す。
(さて、こやつ、どうしてくれよう…)
どうにも討ち取る気分にはならない。
かといって、放っておけば夕にも至らず死ぬだろう。
どうやら自分は、何としてもこの男を死なせたくないらしい。
そう気付いて、元就はほんとうに心から戸惑った。
もっとも、困惑しているのは胸の中だけで、顔は相変わらず、日の光にも冷たく凍りついているだけなのだった。

ごとり、と、何かが社殿へぶつかるような、鈍い衝撃を感じた。
見れば、欄干の下から、ぼさぼさにそそけた髷の、一目で海賊とわかる男が二人、血相を変えて駆け寄ってきた。
「アニキ!」
日に焼けた剽悍な顔をくしゃくしゃにゆがめて、男泣きに泣いたのも束の間。
目の前に仇敵の姿を捉えた一人が、おめきながら斬りかかってきた。
苦もなく粗末な刀を弾き、一刀のもとに首を刎ねる。
返す刀で、もう一人も斬り伏せた。
いつの間にか、欄干の向こうにもう一人、眼前の鬼とよく似た男が立っている。
兄弟でもあろうか。静かに怒りを燃やしながら、こちらを見ていた。
そして、背後の扉もすでに開かれ、息子や家臣たちが固唾を呑んで、こちらを見守っている。
すべては終わったのだ。
「首と胴、拾うて疾く去ね」
くるりと背を向けた元就に、身構えていた親貞も、そして毛利軍も、驚きざわめいた。
「神域を犯す者は、すべて日輪の加護のもと、焼き尽くすまで。――長宗我部に左様、教えよ」
その言葉の意味を察し、親貞は急いで兄へ駆け寄った。
重傷だが、確かに息はある。

なぜ、殺さなかったのか。
理由を聞きそびれていたことを親貞が思い出したときには、すでに彼や元親を収容した富嶽が、ゆっくりと動き始めていた。






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