長編「落月賦」

□盤上の君
2ページ/3ページ




「我が毛利治部少輔元就よ」

涼やかな名乗りにて会談は始まった。
素襖の紋は一文字三星。
すっと背を伸ばし端座する姿は、強靭な意思そのもの、何者をも寄せ付けぬ冷たい矜持そのものであった。
「修辞を重ねても益はない。腹蔵なく意を述べ合いたいが、如何か」
そう、何のはばかりもなく言い切る胆力に、毛利の自信と実力の程を見る思いがした。
信玄が特にうべなうのは、端正な面差しの一点。
限りなく澄みわたり、理知の光を湛えながら、わずかな情も見えぬ眼差しであった。
凍てついた輝きは、氷柱か秋霜か。
(氷の面とは言うたものよ)
その感慨に気付いたかのように、氷の眼差しがひたと虎を見据えた。
背中に冷たい感覚が走る。
ぴりぴりと痺れるような、その感覚は不思議とどこか心地よい。

――戦の心地か。

そう、気付いたとき、信玄は愉快な気分になった。
「お主、一局、付き合わぬか」
形のよい眉が微かに動いた。
次いで、薄い小さな唇が、くっとつり上がる。
「よかろう」
自信に満ちた微笑。
戦の最中、味方が見れば、常の恐怖も忘れて戦勝の確信に奮い立つであろう、誇り高い笑みだった。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ