息つく間もなく降り注ぐ矢の雨をかいくぐり、元親率いる長宗我部軍はすさまじい白兵戦を展開していた。 城砦を落としたことで、毛利軍が寄航する地はこの社殿しかない。 であれば、毛利元就の乗った船は必ず、北の鳥居に付けるだろう。 その船を奪取して逃げるのだ。 「どけやぁッ!てめえらも鮫の餌になりてぇかッ!」 先陣切って血刀を振るう吉良親貞の咆哮に、毛利軍は気勢をそがれた。 その後を追って、海の荒くれが駆け抜けていく。 殿軍として巨大な碇槍を振るう元親の姿は、まさしく西海の鬼。 分厚い包囲網は、強引に食い込む銛の前に、少しずつ食い破られていった。 水軍は海賊だが、手向かわぬ者は殺さない、という暗黙の規則がある。 しかし、毛利軍は部隊長が討ち取られても死に物狂いで立ち向かってくる者が多く、斬るしかない。 自らを捨て駒と解っていて、捨て駒の役割を完遂する、絶望的な攻撃であると、長宗我部軍の誰もが感じていた。 「生きるために死ぬ…?くそったれ、割が合わねぇだろ…!」 ようやく降伏し始めた兵士たちを前に、親貞がやりきれなさそうに吐き捨てた。 「こいつら、自分たちが捨石だって解ってて、それでも毛利に従うのか…」 血に染まった一文字三星の軍旗を見下ろした元親は、呻いて首を振った。 「俺には理解できねえ…」 自分の死も策の内と、力なく笑って事切れた者もいた。あるいは、自らを盤上の駒と知りながら、降伏を恐れる者もいた。 彼らを捕らえているのは、恐怖を超えた“おそれ”―それこそ信仰に近い、畏怖の念だ。 毛利軍は、兵卒から将にいたるまで、自分たちの絶望と苦痛の死の先に、自分たちの故郷にとって最上の結果の戦勝があり、家族や仲間を生かす道が約束されていると、信じているのだ。 そして、今までの毛利軍の戦跡を見れば、それは確約されているに等しい。 毛利元就は、その心を知悉した上で、安芸の民衆を意のままに動かしているのだ。 誰もが、あの氷の面を恐れ、氷の眼を畏れる。 一方で、その采配に絶対の信頼を置き、いかに苛烈な命であっても従う強固な軍。 それは“人望”と呼ぶほど温かいものではない。 人望、という概念を超えた畏敬としかいいようがない。 ひとつだけ言えるのは、何もかもが長宗我部軍とは違う、ということ。 それだけだった。 「アニキ」 伝令だった。 元親は思考を中断して、伝令のほうへ向き直った。 「どうした」 「吉川元春の軍が、こっちへ向かってきてます。別働隊は砦を攻めて、吉川本人はまっすぐ社へ」 「チッ、ご丁寧に、まだ増援を隠してやがったか。……城砦の連中に伝えろ、すぐにこっちへ合流しろってな」 「兄者、伊予へ帰らせたほうがよかないか」 「貞よ、お前が吉川だったらどうするよ。砦落として、いたはずの敵がいなかったら?」 「…海にも追っ手を出す」 「だろ?…こっちも随分とやられた。このうえ、見捨てるわけにゃいかねえ」 よし、と元親は立ち上がった。 「貞、お前はここで、砦の連中を待ってろ」 「兄者、まさか…」 「おうよ、俺が毛利とサシでやりあいに行く」 固く閉ざされた最後の大扉、その向こうには、毛利軍の残存兵力が集結しているはずだ。 「毛利元就のことだ、追い詰められた兵士たちをあおって、死に物狂いの反撃をさせでもしたら…!」 「だから、俺が行くんだよ」 「兄者!」 「俺ひとりなら身軽なもんよ。確かに後ろは心もとねえが、毛利だけを目指して突っ走れる」 にやりと笑う元親の顔は、来る闘争に凄みを帯びた、まさに鬼の顔だ。 戦好きだが、勝算がなければこんな顔はしないことを、親貞はよく知っている。 「こっちは任せろや、兄者」 「信じてらぁ、貞」 碇槍をかつぐと、元親は残っただけの部下を集めた。 その数、百と少し。あれだけの猛攻を耐えたにしては、かなりの数が生き延びている。 その精悍な面構えは、自分たちの頭領に絶対の信望を寄せていることを物語る。 「いいか、野郎共!俺はこの先の船を頂きに行く。その間、お前らは別働隊の連中を待ってろ。連中と合流できたら、扉を破って船に乗れ。無ぇものは奪い取るのが海賊の流儀だ、そうだろ!?」 「アニキ!!!」 「後ろは任せろ、アニキ!」 「信じてるぜ、野郎共…!」 一斉に沸き起こる歓呼を背に、元親は不敵な笑みはそのままに、一気に屋根を駆け下りた。 |