長編「落月賦」

□二河白道
5ページ/8ページ




異臭を放ち、焼け落ちた村。
周辺の田圃もすべて、焦土と化している。
道とおぼしきあたりには、おそらく人であっただろう、炭化した死体が虚空をつかみ、折り重なり、連なり、転がっていた。
「ひでえ……」
いつきは唇を噛んだ。
「稲刈りが済んだて、尼子の軍勢を焼き討ちしたらしいだ…」
総頭の吾作が、告げた。
「いつきちゃん、行くだか…?」
気遣わしげな仲間の言葉に、いつきは強くうなづいた。
「戦のために、平気で村さ焼くおさむらいだ。許しちゃなんねえ…!」
意志に満ちた強い眼差しが、業火の熱くすぶる焼け跡に向けられた。

「おやおや…怖いことですね…」

ぎゃっ、と悲鳴が上がった。
「いつきちゃん!」
黒く焼け落ちた廃墟に、黒い塊のような一団が凝り固まっていた。
微動だにしない。
深くうつむき、ただ沈黙している。
「さ、侍だ…!」
一揆衆の悲鳴が曇天に響いたきり、吸い込まれた。
侍――そう呼ばれる塊の前に立つ者は、では何者であろう。
「ここで逝き遭うのも、何かの因縁でしょうか」
全身を妖気にも似た気配が覆っている。
吐き気を催すような、おぞましい、その気配。いつ首を断ち斬られるかわからない、禍々しい恐怖に全身を刺し苛まれるようだ。
地獄から這いずり出た幽鬼が、そこにいた。
「みんな死んでしまいました…ふふ……」
落ち着きなく動く両手に、鎌と思しき不気味な刃物が握られていた。
それが何時、凶行に奔るのか。すでに一揆衆は――いつきを除けば、逃げ腰だった。
ゆらゆらと揺れる白い髪の間から、鬼火のような目が笑っている。
「手慰みには軍勢が少なすぎます…」
幽鬼の後ろに控えた軍団が、びくりと体を震わせたのが、離れたいつきたちにも伝わった。
“手慰みに自軍の兵士を切り刻むには、人数が減りすぎてしまった”という意味だとは、無論、いつきたちには解らない。
「代わりに、あなたたちが癒して下さい」
ぱっくりと唇が開いた。微笑みと呼ぶには、あまりにおぞましすぎる。
「虫をいたぶるのは、手軽さが美徳です。放っておけば、いくらでも増える…」
一揆衆が悲鳴を上げて後じさった。
幽鬼が笑いながら、近づいてくる。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ