長編「落月賦」

□雲泥万里
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楼門を抜け、石畳の連なる道を二の丸へ向かう。
周囲には雑草の一本すら生えていないが、木立に囲まれた館の周りは、薄暗くさびしい。
もう何年も人が住まわず、厳粛に閉ざされてきた地だと思わせる空気だった。

「ここには、誰も住まねえのかい」
先導してきた桂という家臣に、ふと尋ねてみた。
柔和で物腰穏やかな初老の重臣は、慇懃に一礼した。
「先代のお館様よりのお住まいなれば、やはりみだりに出入りはいたしかねますゆえ…」
側室の子らを住まわせることも考えられたが、やはり当主の一族は当主の目の届く館で暮らすほうがよいということで、結局、旧城は閉ざされたままなのだという。
「お館様ご自身、何か考え事をなさるとき、おいでになることもございます」
「おいおい、そんなこと、ばらして大丈夫かい」
「知ったところで、土佐殿におかれては他意をお考えにはなりますまい?」
どこかいたずらっぽい笑顔で、桂は言う。
元親は、何度目かの意外な心地を感じていた。

毛利の家中というのは、元親からすれば、年中が通夜のような陰気で重苦しい人物ばかりだと思っていたが、重臣たちはそうでもないというのが、最近わかってきた。
そうでもなければ、頑なで、こうと思い込むと梃子でも意見を変えない、頭の固い当主に仕えることなどできまい。

「毛利は家臣に恵まれてるな」
「恐れ入ります」
彼らの心の数分でもいいから、毛利が気づけばいいのに、とは、思っても口には出さなかった。
彼らは全てを理解した上で、毛利元就の統治を是としているに違いないのだから。

小国の命運を切り開き、豊かな大国を維持するに至った君主を、彼らは戴くに相応しい主君として選んだのだ。

それは、忠義をはるかに超えた知恵――崇敬と先見とを兼ね備えた、領主たちの自立した意思による知恵だ。

「毛利が、この国の連中に崇められてる理由が、わかる」

ぼそりと呟いた元親に、桂は少しばかり意外そうな心持になった。
が、実力のある者は必ず“毛利元就”を見抜くと解っている彼にとって、それは眼前の年若き大大名が真に具眼の英雄であると知る、何よりの証と映った。

――よき相手をお選びになられた。




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