天王山の麓は、無数の死体と、恐懼する兵士で埋め尽くされていた。 流れ出た血が大地を泥濘へと変え、吹きぬける風は血腥い死臭ばかりだ。 いたるところに大穴が開き、おびただしい血が流れ込んでいる。爆雷が炸裂した跡だった。 明智光秀は、山腹より爆薬を背負わせた兵士を大量に毛利軍へ突撃させ、兵士もろとも吹き飛ばす作戦に出たのだ。 「なんで…この世に、あんな大将がいるんだ…」 矢面の兵士たちは、あまりの恐怖で完全に戦意を喪失していた。 何十何百という人間が、鬼のような形相で泣き叫びながら突撃し、四散する様は、到底、常人の耐えられるものではなかった。 爆発に次ぐ爆発で地面はさながら掘切のように深々とえぐれ、その凄惨な光景とあいまって毛利軍の進軍を大きく阻んだ。 やっと一の山門を前に、血みどろの陥穽、闇夜、そして酸鼻きわまる恐怖が、毛利軍を強力に足止めしていた。 硝煙と血臭たち込める暗夜を、こともなく踏みしだく蹄の音が響いた。 立ちすくむ士分も、すくみ怯える兵卒も、馬上の人を見て戦慄した。 「も、元就様…!」 「元就様だ…」 畏怖のざわめきと共に人の群れが割れ、自然と“道”ができた。 鋭く輝く輪刀を携え、雪のような白馬に騎乗する、彼らの君主が現れた。 疲弊した兵士たちを、新たな恐怖が襲った。 すなわち、任務を達成できず足止めされていることへの、峻厳な処罰である。 一方で、彼らは無意識のうちに、無情なる主へ一縷の望みを託してすがる。 それは、どのような状況においても、彼らの君主は常に戦況を巻き返し、完全に勝利へと導いてきたからだった。 飛散する遺骸や溢れる血泥には目もくれず、氷の目はただ一点、山頂を見つめている。 沈黙する山門を前に、元就はようやく馬を止め、“捨て駒”を一瞥した。 それは、今から行なう作戦において、動かせる駒と周囲の状況を確認しているにすぎない。 不運にも、まともに主君の視線を受けた足軽頭は、押し殺した悲鳴と共に、その場へ崩れ落ちるように平伏した。 「何をしておる…」 血風を断つように、天輪の冷たい刃が月光に輝いた。 「進め…塵となろうとも」 自らの統べる兵士が肉塊と化し四散する戦場で、平然と言い切った。 死んだ者は蘇らない。 策を成すは、ただ生きた者だけである。 戦場は生きている。 常に動き回る戦況を捉えるには、死者のために瞑目するのではなく、生きるために起き続けなければならない。 勝ち残る道を無数に考えた者だけが生き延びるのだ。 |