長編「落月賦」

□冥底
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「毛利軍…よい悲鳴が聞けそうですね…」
明智光秀は、そう言って笑った。
山麓の毛利軍が進軍を再開し、一の山門を突破したとの知らせがもたらされたばかりだ。
どうやら、毛利元就自身が先頭に立って、軍を指揮しているらしい。
味方もろとも敵の首を刎ね、冷たい表情で山道を疾駆する、あの端整な姿が目に浮かぶようだ。
「ふふ…怖い御方だ…」
満足げに微笑みながら、光秀は巨大な鎌を掴んだ。
「さあ、山頂を頂くとしましょう」
圧倒的な恐怖に従う軍団が、動き始めた。
今更、明智光秀の軍に道は残されていない。
狂気と理智を翻弄する主君に、地獄までつき従うことだけが、彼らの選ぶべき道であった。
誰も、もう戻れない。

「お館様、明智軍本隊が進軍を開始したとのことにございます」
「就英、そなたらは二の山門を守備し、後続する軍の進行を助けよ」
「御意」
今頃、小早川隆景率いる後発部隊が山麓を応急的に整備しているはずだ。
毛利軍本隊も、しばらくすれば動くことができる。
「先発部隊は、迅速に山頂を制圧せよ。後詰は山門を防衛、進路の確保に全力を注げ」
「はっ」
「元方、後続部隊に、進軍速度を上げて追いつくよう命じよ」
「かしこまりました」
不気味なほど冴えた月の下、日輪の申し子は純白の采配を振るった。
「今が機である、攻め手緩めまいぞ」
馬腹を蹴り、山腹より一陣、白馬が駆け出した。





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