「我は神を信じておる」 高杯を弄びながら、呟く。 赤い堆朱を磨いたそれは、堺から運ばれた明国の品だ。臼杵の港にも財物は溢れるが、洗練された品で勝るものはない。 「我が信ずる神とは、我に勝利をもたらし、我を栄えせしむる神よ。その他は神にあらず」 酒色だけではない、激烈な野心に血走った目が、薄絹で幾重にも覆われた細腰を捕らえた。 「神が崇めよと命ずれば崇めん、拝せよと言わば拝さん。我に供儀を求めなば、我はそれに応えようぞ」 錦繍の帯にくびれた腰を、猛禽のような手が引き掴む。 女の小さな悲鳴が漏れた。 大友宗麟にとって、それは酒盃に広がる一滴の波紋でしかない。 「だが、神はいかなるときも我に加護を与えるべし、いかなる願いも赦すべし、常に我を庇護し、佑けしめんことが神の務めなり」 盃を緩慢に投げ捨て、絹のあわいをむしるばかりに押し開いた。 「お館様…ッ!」 押し倒された女が恐怖に目を見開く。 白く盛り上がる乳房を、太刀を握り続けて固く節くれ立った、男の長い指が鷲掴む。 「それこそ、我が真に帰依する神よ」 切り裂くような女の悲鳴に、宗麟が薄く笑みを漏らした。 痙攣を繰り返す女体を一瞥して、宗麟は襖を顧みた。 着崩す、というより、ただ小袖を羽織り、帯を申し訳程度に腰へめぐらしただけの姿で、煙草を吸いつけている。 その中心には、淑やかな婦人を幾度となく法悦に突き上げ、縋り狂わせる逸物が、いまだ果てぬまま天へと屹立していた。 「もうよかろう、入れ」 気だるい傲慢さに命じられるまま、襖が開いた。 その奥に収まる奇怪な存在にも、宗麟は一服吸いつけ、事後の気だるさに身を任せた余裕で眺めている。 「どうであった、異国の男女の媾合いは。お前たちのやり方とは違うか?」 どんな交わりをするにせよ、このような怪物を生み出すのはよほどの儀式だと、宗麟は内心で嗤った。 だが、意に反して、この怪物じみた僧はまともな言葉を話した。 「アナタのソレは、愛ではアリマセン。ソレは単なるエロス、肉体の欲望ネ。ザビーの教えは心が大事ナノヨ」 「ほう…」 一瞬で、酔い痴れた目元が鋭く引き締まった。 風貌はともかく、この怪僧は、少なくとも物を見る生き物だと、見抜いた。 「気に入った。我に意見することを許す」 カッ、と純銀の羅宇が鋭く灰吹きを弾いた。 「我は、聞くに値する言葉でなければ聞かぬ。お前が愛を崇めよというなら、お前の言葉で、この宗麟を帰依せしむるがよいわ」 形のよい唇を欲情に歪め、宗麟は手を伸ばす。 その手の先には、薄物を暴かれた女体が横たわっている。一万田の家から奪った。長い間、この病的な漁色家の技に狂わされ、折々こういった類の残酷な遊戯に供されている。 「ふ、ふ……わが国の坊主も南蛮の坊主も、浄土は欲を捨てて往生する地だと言いおる。だが、我にはこの女こそ極楽に導くよすがよ」 もはや考える力もなく、うつろな目で快楽を受け止める女の悲鳴に、勝ち誇ったような哄笑が絡みつく。 「これこそ我が悦びよ、歓楽ぞ。奪えるものならば奪ってみよ。貴様らの愛とは、我の執着に勝るものか?溺れぬ者なき、この享楽をも凌駕するものか!?」 灯火に照らされ黄金色に染まる狂態。 それを見る南蛮僧のガラス玉のような目と、火に煌く野心と欲望の業火が、悶える女の肌越しにかち合う。 「さあ、我を折伏して見せよ!父を殺し、肉欲に溺れ、業にまみれ罪を愛でる、この宗麟を愛し、降伏せしめよ!さすれば、それこそ我が神――真の神ぞ!」 肉体は容赦なく女を責め穿ちながら、その目は――梟雄の心は、全て怪僧に向け注がれている。 人の持つ最も攻撃的にして残忍な種類の感情を向けられながら、頂を上りつつある眼前の狂宴を目にした怪僧は、首を振った。 「アナタ、愛、知ラナイ。カワイソウネ」 がくりと宗麟の頭が落ちた。 二度、三度と痙攣し、荒い息をついている。 獣じみた呼吸が静かになったとき、それは低い、しかし紛れもない嘲笑に変わった。 「愛、…愛か…!」 乱れた総髪の隙間から、醒めた目が覗いた。 「愛など、所詮は偽りよ…」 |