寿満、寿満――と、くり返されるか細い声。 「よいですか、高橋のお家では、おとなしう、よく言いつけを聞き、礼儀を守るのですよ」 「はい、母様」 「どうぞ、早う、毛利の家へ戻っておくれ…」 「玉生」 松明の火に、決して溶けることのない氷の眼が、静かにきらめいていた。 「玉生、それまでにせよ。別れが辛くなる」 新しい絹の小袖を着た童女の、肩上げも取れぬ小さな体を抱きしめ、妻は名前を呼び続ける。 「すこやかに…風邪などひくではありませんぞ」 「はい」 愛らしくうなづくと、寿満――元就と玉生の幼い姫の振り分けた髪が揺れる。 「寿満は、父上様、母様のおっしゃることを、しかと守ります」 幼い姫は笑った。 「そうして、毛利の姫に恥ずかしくないように、毛利のお家のお役に立てるようにいたします」 その言葉に、玉生は声もなく娘を抱きしめた。 柔らかな肩越し、震える母の背を、寿満はふしぎそうに見た。 「母様?」 幼い姫の目が、答えを求めるように父を見る。 黒く大きな瞳に、赤々と輝く炎、そして、冷たく澄んだ顔が映っていた。 「よいか、寿満」 そのとき初めて、元就が娘へと歩み寄った。 「毛利の家名を汚すことなく、毛利の姫として、誇り高く、清く生きよ」 「はい」 「母上のお言葉を忘れるな――礼節を保ち、強くあれ」 「はい」 「すこやかに、よく勤めを果たせ。よいな」 「はい、父上様」 幼い心で、どこまで理解しているのか。しかし、真摯な黒い瞳は深く、明朗に父母の言葉を受け止めている。 「寿満」 元就の手が、娘の額を、やわらかな髪を、優しく撫でた。 「つつがなく、戻ってまいれよ」 |