闇に沈む山麓。 暗い汀に寄せる水音が響く陣幕は、びりびりと緊迫した空気に満ちていた。 「何をしておる…命に代えても突破せよ…!」 主が決して気長ではないことを知っている家臣らは、怒気を含んだ声に身を震わせた。 誰も口を開くことができなかった。 この主君以上に戦場を知悉し、戦況の行く末を見極めている者など、いないのだから。 「恐れながら…!」 意を決した児玉就秀が、沈黙を押して平伏した。 この忠実な事務官僚は、政治手腕ほどには戦が得手ではない。それでも、この緊迫した状況において、冷徹な主君に物申すことが許されるのは、今の一行において彼しかいない。 「明智軍の戦略は残酷無比、我が軍の先鋒は意気を殺がれ、浮き足立っております」 「それがどうした」 今ここで山頂を取らねば、毛利軍の動静は全て明智の眼下に晒される。 なぶり殺されるのは目に見えていた。 無言で立ち上がる主君の意思を察し、就秀は必死でとりすがった。 「なりませぬ!我らは劣勢、明智軍は命を惜しんでおりませぬ!」 元就はかっとなった。 戦場で手をこまねくことは、すなわち死である。 「使えぬ者共め…!」 吐き捨てると、なおも諫める就秀を振り払い、輪刀を掴んだ。 「もうよい、我が出る!」 |