長編「落月賦」

□冥底
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闇に沈む山麓。
暗い汀に寄せる水音が響く陣幕は、びりびりと緊迫した空気に満ちていた。

「何をしておる…命に代えても突破せよ…!」
主が決して気長ではないことを知っている家臣らは、怒気を含んだ声に身を震わせた。
誰も口を開くことができなかった。
この主君以上に戦場を知悉し、戦況の行く末を見極めている者など、いないのだから。
「恐れながら…!」
意を決した児玉就秀が、沈黙を押して平伏した。
この忠実な事務官僚は、政治手腕ほどには戦が得手ではない。それでも、この緊迫した状況において、冷徹な主君に物申すことが許されるのは、今の一行において彼しかいない。
「明智軍の戦略は残酷無比、我が軍の先鋒は意気を殺がれ、浮き足立っております」
「それがどうした」
今ここで山頂を取らねば、毛利軍の動静は全て明智の眼下に晒される。
なぶり殺されるのは目に見えていた。
無言で立ち上がる主君の意思を察し、就秀は必死でとりすがった。
「なりませぬ!我らは劣勢、明智軍は命を惜しんでおりませぬ!」
元就はかっとなった。
戦場で手をこまねくことは、すなわち死である。
「使えぬ者共め…!」
吐き捨てると、なおも諫める就秀を振り払い、輪刀を掴んだ。
「もうよい、我が出る!」




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