「悪く思うなよ」 疼く脇腹の痛みに遠のきかける意識。 投げかけられた言葉は、熱の欠片もない、乾いた音だった。 滲んだ視界の向こうで、あの鬼はどんな顔をしているのだろう。 興味を無くした、ひどく醒めた表情で事の成り行きを見ている。そう思った。 「なぜ……」 ――あんたに渡したい物がたくさんあるから。 ――会いに行く。 いつからか、そんな書状が届くたびに、言いようのない温かさを感じていた。 だから、今も待っていた。 生命が輝くような言葉、笑顔。 そのぬくもりに触れるたび、冷たい何かが少しずつ、淡雪を溶かすように零れ落ちていったのに。 だから、ただ、待っていたのに。 「なぜ」 答える声はない。 突き放された体が、薄縁の上に倒れる。 「あんたでも泣けたんだな」 感慨に乏しい呟きが、空しく耳に届いた。 熱い、痛い―― 半ば沈みかけた意識の淵で、残酷な会話だけはやけにはっきりと聞こえた。 「首尾は上出来だ。まさか、あんだけの大荷物をNo markで通せるたぁ思わなかったぜ」 「なに、今回は中身がちっと物騒だったってだけよ」 「それにしても、あんた、ためらいがねえな」 くしゃりと髪を撫でられる感触。 「いつまでも続くような間柄じゃなかったってことだ…」 解っていた。 いつまでも続くことはない、かりそめの平穏だと、解っていた。 それでも、こんな終わり方だけは望まなかった。 「天下は要らねえ、興味はねえ、つっても、背中にこんなでけぇ国が控えてるだけで厄介だろ」 こいつだって、と、かつて好意を持ったはずの男は、ひどくよそよそしい。 「こいつだって、時勢見てゆくゆくは四国を獲っただろうしよ」 「ま、それがこの世の習いってやつだな。今更後悔なんてできやしねえ」 熱く濡れた眦を指で掬い、またくしゃりと髪を撫でられた。 「Rest in peace…あの世で俺らの天下獲り、見物してなよ」 ――天下など、要らぬと 天下など要らないのだと。 家が続くのであれば、中国とともに降る覚悟もあった。 そんな考えを、彼は、長宗我部元親は、理解してくれていたと思ったのに。 今度こそ、誰かを信じられたと思ったのに。 信じたかったのに。 信じさせてくれると思ったのに。 視界が赤く染まっていく。 あの男がよく寝転んでいた座敷も。 盃を酌み交わした回廊も。 他愛ない会話を繰り返した、この部屋も。 全ては炎の中で、燃え尽きていった。 |