短編集

□玉壷
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夏のある日、いつものように元親がやって来た。
常の葛籠の山は無く、代わりに、袱紗に包んだ桐箱を持参している。

「悪い、今回の土産はこれだけだ」
「別に期待などしておらぬ」
「冷てぇこと言うなよ、これのために大枚叩いたんだからよ」

軽口を叩き合いながら元親が取り出したのは、一尺ほどの玉の壷であった。

とろりと白い、なめらかな色合いの玉は、柔らかな潤いを含みながらも、涼やかな硬さを持つ。
そこが、元就を惹きつけた。

驚くべきは、それが一つの玉からできているらしいことだった。
だとすれば、毎度の山ほどの舶載品がたったひとつの玉器に収まるのも頷けた。
「ほう、これは…」
感嘆の呟きとともに唇を噤んだ。

彼とて、美しいものを愛でる心はある。
あるいは、人よりも洗練され、優れているとさえ言えた。
存在それ自体が玉器のような元就に、そのような人らしい感性が宿る様子を見るのは、元親には嬉しい一時だった。

ひとしきり鑑賞していたが、やがて満足げに元親へと向き直った。
「見事な品よ」
率直な称賛に、元親は大きく頷く。
「だろ?…けどよ、こいつはもっと凄えもんさ」
何だと問えば、白い歯を見せて

「海だ」

ニカッ、と笑う。

突拍子もない言動にはいい加減、慣れているつもりであったが、さすがにあきれた。
「阿呆か、貴様…」
いささか軽蔑を交えた反応も、元親には慣れたもの。
「まあまあ、いいからよ、水を持ってきてくんな」
水など如何にするのか、と言いたいのを、ぐっとこらえて用意させた。

どうせ言い出したらやめないし、元就が渋ったところで、自分で用意くらい―他所の城を勝手にうろつきまわって―やってのけるからだ。




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