07/28の日記

20:15
帰省 〜キバ〜
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私が、牙に押し倒された時


さほど驚きはしなかった


心の中で、盛大に溜息を吐いたぐらいで


こんな隙だらけな私を押し倒す事なんて 赤子の手を捻るよりも容易い


そう、今の私は


季節外れの蝉の抜け殻のような 


気の抜けたソーダのような 


糸の切れた凧のような


なんだか、自分の足で立ってるのもままならない


酷く不安定で、今にも崩れ落ちそうな そんな状態だった


押し倒された、こんな状況のさ中だというのに 不思議と心は凪いでいて


それは、相手が牙だからで 大丈夫と安にタカを括ていたからか


そんなつもりは無かったが


少し軽く考えていたのかもしれない 


そんな私に、昔とは全然違う雄臭い顔が徐々に近づいてくる


少し、焦ってドキドキした


鼻先が触れ合うかという至近距離で


ニカッと八重歯を見せる笑顔は、昔の悪戯ばかりしていた頃と変わりはないのに


見上げた顎のラインの髭剃りの後だとか


首元辺りから漂う、男性用のオーデコロンの匂いだとか


なんだか、全然知らない人のように見えて


凄く驚いた


最初「ちわッス」なんて挨拶された時、誰だか分らなくて


3分くらいガン見して初めて 


あぁ…!! なんて思った程で


自分が居無かった年月は、こんなにも人を変えるものなのかと 狼狽した


でも、所詮 牙は牙だ


ヘタレのくせに喧嘩っぱやくて、ええかっこしーで 軽い牙なのだ


私の弟より1つ下な牙は、いつも弟や私の後を着いて回っていて


当時の私には、手のかかる弟が2人居るような感覚だった


そんなあの頃とのギャップに


おかしくなってしまい、クスクスと笑う私に舌打ちし


「 笑ってられんのも、今のうちだかんなっ 」


キッと睨まれた


牙の宣言は、その通りで


慣れた手つきで、胸元のボタンを外す手だとか


ブラのフォックをなんなく外す、その手際だとかに


だんだん、暫く忘れていた危機感が蘇り焦る 


都心で働いていた時は、最大限に警戒し


田舎者は、声かければスグついてくる とか


簡単にヤレる、なんて言われないように


気をつけて 慎重に 暮らしていたのに


なのに


なのに…


「 なんで、 あんな男… 」 


独り言ともつかない言葉を、聞き返され


フルフルと首を振る


途端、流れ落ちた雫に驚き 少したじろいだ牙


でもそれは一瞬で、すぐさま力強い眼差しで見つめられ


「 泣いてんじゃねぇよ… 」


乱暴な目元への口づけに、瞼を閉じた


それが、合図かのように 急速に進みだす行為 


でも、その勢いは 少しづつ減速し


「 …抵抗しないのかよ このままヤッちまうぞっ  いいのかよ… 」


スッカリ肌蹴られたブラウスや、意味をなさないズレたブラ


そんなのが、私の視界には見えるのに 


この期に及んで、今更そんな事を言いだす牙が 


ヘタレで、ちっとも変わって無くて 少し安堵した


図体は、デカクなり 男らしく逞しくなったが


内面は変わらない牙


中身を隠したくて、外見ばっかり繕って


スッカリ変わってしまった私


少し前までの私の世界は、スタイルとおしゃれで回っていた


雑誌に載ってるコスメ 流行りの洋服 最新のダイエット


そんなのばかりで


都会に流れるその波から、少しでも外れる事が怖くて


必死に皆に合せた


断れない合コン 寝る間も削ってボディケア 一食抜かしてでも月2で美容院


そうまでして手に入れたものは


夢に描いた、浮き立つような恋愛や 目も眩むような幸せな結婚では無く


“上司と不倫” というドツボ


そう、 私は


「 私… 昔とは違うから… 」


オアズケをくらったワンコみたく


ずっと、答えを求めるみたいに 真っ直ぐ見つめてくる牙の眼差しが痛くて


視線を外し、横を向いた


牙は、私の鎖骨辺りに顔を埋め


「 何1つ… 変わんねぇよ… 」


ギュッと抱きしめられた


その温もりは、温かく


数ヶ月前までの、冷えて殺伐とした日々が嘘のように思える


今でも思う、どれが正しいのか… どうたら良かったのか… 


あの頃の私は…


優しい声をかけてくれる人なら 誰でもよかったのかもしれない


傍に居て、背を擦り 頭を撫で 


『 おまえは良く頑張ってるよ 』


そう言ってくれる人なら、誰でも…


奥さんとは、“別れる”


そんな言葉を真に受け、信じ 何年も何年もバカみたいに待って


一向に煮え切らない相手の態度に、疑心暗鬼になり


どんどん、自分の性格や内面が歪んでブレていく


嫌な女になり下がっている自覚は強くあるのに


自分を止められなくて


それはまるで、少しずつ少しずつ 毒を擦り込むように私を蝕んでいき


もう何を信じればいいか どうしていいか 分らなくなった頃


彼が、会社を辞めた


訳が分らず突如遮断された彼との関係


後に聞かされたのは


奥さんの実家の家業を継ぐ為に、田舎に帰った との話だった


暗沌とした、酸欠のような毎日から突如解放され


残ったのは、責める事も縋る事も泣き叫ぶ事もできない


空っぽな私だった


もう、何もかもがどうでもよくなり


会社を辞めて この生まれ育った田舎に戻ってきた


帰省と言えば、聞こえがいいが


ただ、逃げだしてきたダケだ…


今の牙の眼に、私はどう映っているんだろう


願わくば、あの都心の空のような 濁って薄ぼんやりしたものでは無く


ここの澄んだ青空のように、混り気の無い 牙の眼差しと近しいといいな


「 …都合がよすぎる 」


私の独り言に、顔を上げ


何?と言うように、首を傾げる牙


なんでも無いと硬そうなのに意外とネコっ毛な頭を撫でたら


ガキ扱いすんなっ と、怒られた


それでも、私の手を振り払う事も無く 暫くおとなしく撫でられていたけれど 急に


「 そうだな… 変わったと言えば、おまえ ひょろっとして生っ白くなったな… 」


撫でていた手首を掴み 自分の腕と色を比べてから


「 なっ! 」と笑った


その口元は、スグ引き結ばれ


「 変わんねえよ… 」


繰り返される言葉


私の首筋を指がなぞる


やっはり温かいその手 


考えなければいけない、この状況 牙の事


考えなければならないのに… 何も考えられなくて  


ここに帰って来るまで、ずっと色々な事を考えてきた


考えて考えて… 疲れてしまったんだと思う


もう、本当に私の中は空っぽで


数ヶ月前の、あの殺伐としたビルの谷間の風も


熱にうだったアスファルトの匂いも


なにもかも、遠い昔のように感じる


今は、この 湿った土の匂い 夜通し鳴き続ける蛙の鳴声


そんなものが、この土地に居無かった数年なんて 軽く飛び越え


何も知らなかった、無垢な頃の自分に戻してくれるようで


考える事を諦め


深く深呼吸をし、五感を研ぎ澄ました


いつまでも答えの出せない私に焦れ


「 いいか… 」


再度訪ねるのに、返事を聞く気は無いようで


強引に口づけられた


激しいのに、どこか甘いキスに 流されてしまいそうな自分を、必死に繋ぎとめ


「 他にしなよ… もっと牙に合う娘が… 他に居る… 」


やっとの事で呟いた私の一言に、ムッとしたようで


「 いねぇよっ 」


鋭い目つきで睨まれて


ゾワゾワと、背筋からなんか不思議な感覚がせり上がってくる


それを無かった事のように押し留め


「 私、牙が思うほど 綺麗じゃ無い… 」


色んな意味を含んで、最後通告したつもりだったのに


苛立つようにグイッと両肩をベットに押し付けられ


噛みつくように、口づけられる


もう喋るなとでも言うような、長い長いキス


なんとか身を捻ろうと牙の腕を押しやるが


ビクともしない


いつの間にこんな、力強い腕になったのか


昔は、腕相撲も 私には勝てなかったクセに


ヒョロッとしてて、線の細かった牙は


先輩後輩、男女問わず 人気があった


明るくて大らか、悪く言うとお馬鹿


そんな所が、皆に可愛がられていたんだと思う


友達も仲間も沢山いたのに


なぜか、いつも私達姉弟と一緒で


毎日のように、家にも入り浸っていた


家の親にも気に入られていて、夕飯時に牙が居る光景は


もはや日常茶飯事だった


そんな姉弟とも幼馴染ともつかない、近しい間柄なのに…


「 しっ…下にっ、親居るよっ… 」


窘めるつもりで言ったのに


「 問題は、“おばさん達(親)が下に居る事” ダケなんだなっ 」


逆に、責めるような口調で返され たじろぐ


「 そ、それだけじゃ… 牙と、こ、こんなコトになったら… お、親もどう思うか… 」 」


私の言葉を暫く考える風な牙


その隙に… と逃げを打つ私の腕をグイッと掴んで引き起こすと


そのまま腕を引っ張り、部屋を出て階段を駆け降りる


台所で、夕飯の片づけをしている家の母に


「 おばさん!俺、今から既成事実作ってくっからっ 帰りは明日の朝になるケド 心配しないでっ 」


じゃっ!なんて、手を翳して敬礼した後


また、私の腕をグイグイと引っ張り 玄関へ向かう


あろうことか、家の親は


「 あぁ、やっと〜 手がかかる娘で申し訳ないケド よろしくね〜 」


なんて、ヒラヒラと手を振っていて


やっと…? やっとって…何?


玄関先で、仕事帰りの弟の軽トラを見て


「 コレ貸して! 」と


車のカギを強引に奪い


私を、その助手席に押し込むと


「 今から、ラブホに行ってくっからよォ 」


高らかに弟に宣言までして 


急速に赤くなる頬を、両手で抑える


弟も弟で


「 おまえ、金あんのか? 」


なんてトンチンカンな事を言っていて


「 おうっ!今日、決心して来たから バッチリ準備して来たっ 」


ジーンズの後ろポケットの長財布を、ポンポンと叩いて見せた


色々と状況が把握できず


押し倒されている状況よりも数段挙動不審な私に


運転席に乗り込んだ牙が叫ぶ


「 俺の10年らいの一途な愛を、思い知れっ 」






end

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