ご感想・妄想語りコーナー(左)

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03/19(Sat) 20:50
がんだむ

 武志は消えた。遥かな空の果て、エルドラドへ向かう飛行船の途中で、武志はその身を投げた。ざわめく風に飲み込まれる武志の姿を、今でもよく覚えている。ばたばたとひらめくシャツの裾、暴れる武志の短い髪、微動だにしない武志の四肢。思えば、武志の覚悟はあのとき決まっていたのだ。
 自ら天に召されるなんて冗談じゃない、そう言った武志の顔は、その当時の誰よりも子供らしく、また、大人びていた。武志は誰とも違っていた。武志を模倣できるものなどあるはずもなかった。
 武志は学級ではむしろ目立たず、おとなしい性質と見られていた。それは間違いではなかったが、正しくもなかった。武志は、人の尺度で計れるようなものではなかった。武志を計れるものがあるとすれば、それは武志だけだ。

 エルドラドへ、飛行船は到着した。雲に着地し、静止すると、飛行船から引率の教師を伴って、学級の生徒たちが続々と雲の上へ降り立つ。
「すげえ、ここがエルドラドなんだ」
「私、天様に気に入ってもらえるように頑張るわ。パパとママにも応援してもらったから」
「お前なんかがなれるわけねえだろ」
「ひどい!」
 じゃれあう生徒たちを横目に、私も雲の上に降りた。ふわふわと頼りなげな感触が、靴の裏を通して伝わってくる。
 皆、もう武志のことなど覚えていない。当然だ。くすり漬けにされているからだ。明るい顔の生徒たちとは裏腹に、教師たちは皆、一様に暗い顔をしている。私も同じような表情を浮かべた。
「さ、行きましょうね。エルドラド神殿へ」
「えーっ! もう!?」
「おれ、心の準備できてねえよう」
「おれも、おれも」
 口々にわめきだす子供たちを鬱陶しげに見る人があった。エルドラドの近衛兵だ。教師は近衛兵に気が付くと、すぐに顔を青くして、子供たちをなだめにかかった。殺されてはたまらないのだ。生徒も自分も。
「落ち着いたか?」
「は、はい。案内お願いします」
 近衛兵の一人に話しかけられ、まだ若い養護教諭がどもりながら返事をした。愛想のない近衛兵に牽引され、学校から来た集団はエルドラドの神殿へ吸い込まれていく。
「純二先生」
 自分が声をかけられているのだ、とすぐには気付けなかった。慌てて振り向くと、年配の男性教諭が雲の上、不安定な位置に苦心しながら立っていた。
「どうしました」
「いえね、……やりきれませんな、どうも」
 私は男性教諭の顔を見た。名前は横山、46歳で、若い奥さんと娘がいる。趣味は休日のゴルフ、接待ゴルフはあまり好きでない。月の給料のほとんどをゴルフか、それともキャバレークラブにつぎ込んでいる……。
「……その話はもうよしましょう。帰りましょう、学校へ」
 頭の中を次々と流れていくデータを無視して、私は横山の肩に手を置いた。顔には慰めの表情を浮かべた。これでいいだろう。
「そうですね。早くしないと飛行船が行ってしまう」
 横山を促しながら、私たちは並んで飛行船に戻った。飛行船のそれぞれの席に腰掛ける教師たちは皆、やはり暗い顔をしていた。
 私は飛行船の窓から、エルドラド神殿の立つ浮雲を見下ろした。重厚な扉の隙間から赤い液体が漏れ出しているのを見て、私は静かに目を閉じた。

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