ご感想・妄想語りコーナー(左)

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04/17(Sun) 20:52
ガンダム

 私がその青年将校を見たのは、丁度、太平洋戦争も終盤に差し掛かった(これは今から見るとということでありますが)8月のことでありました。私は、まだ幸い、しぶとく生き延びておりました。しかし、食糧はとうに絶え、水もなく、息をするのすらやっとといった有様で、反対に、生きているのが不思議なほどでした。そのまま死んでしまえたら、どれほどよいだろう。なぜ生きているのか、そんなことすら、考えませんでした。ただもう、楽になってしまいたい。何も考えずに、眠ってしまいたい。
 本当の空腹というのは、眠りすら妨げるのです。餓死は、だから、眠らない死でもあります。睡眠の不足で、頭が朦朧として、また、腹が極限まで減っていて、その相乗効果で、結果として死に至るようなものです。しかし、空腹が限界を超えると、反対に眠くなってしまいます。ここまで来ると、もう成す術はありません。寝たら死ぬ、とはその通りの言葉でありました。
 さて、私はそのとき、まさに死に掛けておりました。睡魔と空腹は絶え間なく私を襲い、私を気にかけてくれるような者も、とっくのとうに死に絶えておりました。隣近所のタエちゃん、ノブくん、キヨさん。それに、お母さんも、みんなみんな、空襲で、また、軍人に、なき者にされていました。怒りはありません。悲しみもありません。ただ、遣る瀬無さがあるだけです。
 人間とは、どうしてこうも遣る瀬無いのでしょうか。怒りがなんでしょうか。悲しみがなんでしょうか。領土がなんでしょうか。権利がなんでしょうか。人権なんて、そんな大層なものがないと、人は人を、大切にできないのでしょうか。ただ、遣る瀬無くて、私は生きる気力も、死のうと思う力も失っておりました。焼け焦げた生家の玄関に横たわって、雲の過ぎる青空を、何時間も、何日もただ見ておりました。雲は時折、表情を替え、その顔を暗く、また涙を流します。あまりに悲しいのか、稲妻の閃きとともに慟哭することもあります。
 ある青年将校と会ったのは、その夜のことでありました。いえ、会ったという表現は正しくないかもわかりません。その青年将校にとっては、私など、虫けらに過ぎない存在でしたでしょうから。
 落雷と落涙の音、それだけが鼓膜を震わせる寂しい夜、私は相も変わらず、冷たい玄関に横たわっておりました。青白い稲光が、パッパッと玄関を、日本を照らします。鼠が、チチッと泣きながら、屋内から往来に向かって、走っていきました。私は思わず、その鼠を目で追いました。長いこと命というものを見ることのなかった、私の硬い心は、その鼠の存在に、ほとんど救われました。生きて、動いている。おそらく息をしている。すべてが息絶えてしまったこの町で、未だ息を続けている私は、異常者ではなかったのです。
 鼠を目で追い、目線の行き着く先に、青白い稲光に照らされた、ゲートルが見えました。オヤ、と私は思いました。それはどうにも、人間の足のように思えてならなかったからです。この町には、人間はおりません。みんなみんな、死んでしまいました。しかし、そのゲートルは、明らかに人間の足のものでありました。軍人らしい、くたびれた、しかし高級そうなブーツを履いています。私は今まさに、死ぬことに使おうとしていた力を使い、首を上げました。
 私は、その人を天使と見紛いました。稲光はその金色の髪の毛に光沢を作り、その人の肌を陶器のように滑らかに見せ、その表情をすっかり人形のもののようにしてしまっていたのです。顔は作り物のようでした。事実、それは作り物でした。その人は顔の上部を、銀色の仮面で覆っていました。私は田舎者で、帝都の貴族的儀式には縁のないものですから、知識が乏しいのでありますが、その仮面は、仮面舞踏会で殿方がお顔につけるものと酷似していました。しかし、頭には妙な、花の付け根にあるガクのような変な形の、ヘルメットを被っておられました。

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