桜の木の下で

□夢
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第一話
  夢
「なんで俺はここにいるのだろう?こんなでかい桜の下で…」
青年はポツンと一人桜の咲く小高い丘に立っていた。
辺りは不気味なほど静かで薄暗い。
「兄さん!兄さん!!薫兄さん!!!」
突然、彼の足元から凜とした厳しい声がした。
《薫》それは青年の名だ。
薫はゆっくりと声の主を見下ろした。
そこには、一人の青年がいた。
弟だった。
薫の弟の帝都は普段は他に類を見ないほどの美青年で強気だが、この時の彼は俯いてポタポタと涙の雫を落としている。
いつもの強さは微塵も感じられない。
「消えないで下さい!僕を一人にしないで…」
帝都は薫に乞うように涙声で訴えた。
その言葉で薫は自分が消えつつあることを知った。
しかし、薫は驚くことはなかった。
なぜかそれが、酷く当たり前な気がしたからだ。

1.
「…さん、兄さん、起きて下さい!もう8時になりますよ?」
弟の声で夢を見ていた張本人の一条 薫は目を覚ました。
物言いた気な顔で帝都は寝ぼけた薫の顔を覗き込んだ。
「うなされていた様でしたが、悪い夢でも見たんですか?」
「ちょっとな」
そう言いながらベット起き上がった薫はシャツと布団が湿っていることに気付いた。
薫はベットから立上がりその足で向かい側にあるタンスから着替えを取り出した。
「今日で5年になりますね…」
ぽつりと帝都は静かに呟いた。
それに対して薫はゴソゴソと着替えていた。
「父さんたちが死んで、もうそんなに経つのか…早いもんだな。今日は墓参りだったな」
「ええ。そうですね…」
薫の提案に帝都は哀愁を帯びた淡く儚げな笑みを浮かべながら答えた。
当時は薫が14歳で、帝都は12歳だった。
つまり、今薫は19歳、帝都は17歳になる。
彼らの両親は強盗殺人犯に殺されてしまったのだ。
二人は学校に行っていたため、無事だった。
第一発見者は薫自身だった。
薫少年が家の前に来た時、玄関まで続く血痕を発見した。
何事かと慌てて家に飛び込んだところ、玄関でメッタ刺しにされた母親一条 佳澄を発見したのだ。
混乱して向かいの家に飛び込んで泣く泣く事情を話し、警察に通報してもらったのだ。
後で、奥の和室で 母親以上にメッタ刺しにされた上にバラバラ死体になった父親、一条 治人が発見された。
犯人は半年で逮捕された。
治人の反撃で犯人も深手を負っていたため、DNA鑑定が決め手となったのだ。
もう5年も昔のことである。
「いい加減、その癖どうにかしろ」
いつの間にか着替え終わっていた薫は当時のことを思い返し、俯いて暗い顔をしていた帝都の脇を通り過ぎざまに声低く囁いた。
いつもこうして昔のことを思い返して暗い顔をしてしまう帝都が薫は心配でならなかった。
いつか、帝都は過去の出来事に負けてしまうのではないか…と。
まさか自分がそんな心配されているとは露ほどにも知らない帝都は言い返そうと顔を上げたが、薫はすでにいなかった。
その時、薫は朝食を作りに台所に立っていた。
そして、八丁味噌を探していた。
「あれ、たしかここら辺にあったと思ったんだけどなぁ」と薫はゴソゴソと棚を漁る。
「何探してるんですか?」
部屋の扉を閉めながら帝都は尋ねた。
薫は棚に腕を突っ込んでいた。
「八丁味噌どこにあるか知ってるか?」
「ああ、それなら多分、冷蔵庫の中ですよ」
「分かった」
薫はそのまま隣りにある冷蔵庫を開けた。
帝都は手前の席に腰を降ろした。
《桜の木には気をつけろ》
急に薫は聞き慣れない声を聞いた。
「何訳の分からないこと言ってんだ?」
ちょうど、帝都がテレビのチャンネルを付けた瞬間の出来事だった。
「何も言ってないですよ?」
帝都はキョトンとしていた。
「空耳か?」と薫は頬を掻いて再び帝都に背を向けた。
《桜の木は危険だ近付くな》
もう一度、さっきもはっきりと聞こえた。
「あのなぁー。帝都、料理というものはだな、タイミングが命なんだ。だから、料理中に話しかけるなよ」
「何のことですか?」
薫の文句に帝都は頭の上に?マークを浮かべながら答えた。
薫には帝都が嘘をついている様には見えなかった。
「疲れてんのかな?」
薫は首を捻りつつ料理を再開した。
帝都はチョロチョロと動く薫を目で追いながら、薫の奇行について細くスッキリとした顎に手を当てて考え込んでいたが、いつまでも分かる気配はなかった。
ボコッボゴッという音が火にかけてあった鍋の水が沸騰したことをしらせた。
薫は火を弱めてから鍋に具材を放り込み、味噌を溶かす。
そして、再び中火にかける。
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