桜の木の下で

□出会いの衝動
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1.


陽がちょうど南中を過ぎて間もない頃。
愁と春は帝都の自宅前にいた。

「いいの?連絡なしで遊びに来ちゃって」

「大丈夫だって。親友であるこの俺様が遊びに来てやってんだから、追い出すなんてことしないさ(≧▽≦)/シ」

「薫さんがいればね」

「うぐっ……」

反撃出来ずに唸る兄を余所に春は明らかな空気の違いに気付いていた。
そう、暗く万物を寄せ付けず突き放すようなそれでいて闇へ誘うような空気。

「どうしたんだよ?」

「なんでもないよ」

「そうか?」

「それよりも、ほら早くお邪魔しよ?」

春の焦燥も余所に愁は少し怪訝そうな顔をし、ドアノブに手を掛けた。

――キィィィ……。

「帝都、いないのか?」
「そうだね…あっ!」

「どうしたんだよ」

驚く声に愁は驚き辺りを見回した。
しかし、異変が発見できない。
すると、春は愁を押し退けて床で気絶している帝都を抱き起こす。
そう、春が見つけたのは床で気絶したボロボロの帝都だった。

「大丈夫?帝都さん!!」

「えっと…、とにかく帝都をかせベットに運ぶから」

「うん」

愁は多少動揺しつつも春からボロボロの帝都を受け取り、軽く靴を脱ぎ捨てて帝都をベットに運ぶべく小声でお邪魔します…と呟き帝都の部屋であるリビングの隣りの部屋に入った。
中は前に遊びに来た時と何ら変わらず白を基調としたモデルルームのようにシンプルな部屋だ。

「よっと」

愁は掛け声と共に帝都をベットに寝かせた。
そこで初めて帝都の顔に涙の跡があることに気付く。
愁は驚くが、すぐに擦り傷と痣だらけの帝都の手当てを玄関に立ち尽くす春と共に始めた。
湿布を張ったり、軟膏を塗ったり、絆創膏を張るなど二人は手際良く手慣れた手付きで手当てを施す。
互いに勝ち気でケンカの絶えない兄弟だ。
手当てに慣れるのも自然の摂理というものだ。
しかし、帝都がここまで我が身を省みず必死になるのは滅多な事じゃない。
帝都にそれをさせるのはこの世でただ一人。
そう、兄の薫。
彼一人だ。
つまり、薫が何らかの非常事態に陥ったという事だ。
終始二人は黙っていた。
互いに何を考えていることに予想がついたからだ。
話す言葉を二人は宙に彷徨わせていた。
とても居心地のいいとは言い難い空気を破ったのは愁だった。

「なぁ、薫さんはどうしたと思う?」

帝都の沈むベットに愁は凭れて手当ての後始末をする春の背中を見ていた。
正直、帝都がここまで取り乱す所を愁は一度しかみたことがなかった。
帝都がこれ程取り乱したのは両親の葬式以来だ。
肉親に何か無ければこうはならない。
つまり、愁や春に何があっても動じないということだ。
冷たいもしれないが、そうでなければ帝都は壊れるだろう。
それを愁も春も理解した上で今ここにいるのだから。
今更、冷たいとは愁は思わない。
だからこそ、帝都に頼って欲しいのだ。
親友として、幼馴染みとして。

「分からないよ。僕にはなにも」

「そうか…」

「そういう兄さんはどうなの?」

パタンと救急箱のフタを閉じ思い詰めた様に抱き締め愁と向かい合うように座った。
愁より帝都に詳しくない春には愁が感じるより、もっと強い無力感を味わっているのだろう。

「薫さんに何かあったとしか俺には…」

「みんなに相談してみる?」

「それが妥当だろうな。帝都はしばらく起きそうにないだろうからな。俺がみんなに連絡しとくから、帝都をよろしく」

「よろしくって距離じゃないでしょ?」

「だな」

二人は帝都を起こさないように気遣いながら小さく笑って、すぐにそれを治めた。

「集合場所はここでいいよな」

「うん。帝都さんの容態も気になるしね」

「頼んだからな」

「早く行きなよ」

「分かってるよ」

立ち上がった春の頭を愁は優しく撫でて部屋を後にした。
出て行く兄の背中を見送り春は深く溜め息をついた。

「ねぇ、帝都さん。何があったの?こんなにもボロボロになって…」

春はベットの前に座って帝都の髪を撫でた。
そうしていなければ泣きそうだった。
春が騒がない分、廊下で話す愁の声が微かに聞こえた。

「だから、すぐに来いよ」

「………じゃあな」

その後10分程忙しなく電話した愁が部屋に戻って来た。
静まり返った部屋へと。

「春。帝都はどうだ?」

「まだダメ。全然起きない」

「そうか…」

愁は深く溜め息を付きかけたその時、鈍い音を聞いた。




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