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□幸福論
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どうしてこんなことになったのか、正直なところ俺にも良くわからないんだ。











「…かはっ」
狭くなった気管から無理矢理押し出されるように息が漏れると、その反動でひゅう、と音を立てて彼の喉は新たな空気を取り込んだ。生理的にだろう、目尻に滲んだ涙が瞳を眇めたために一筋耳元に落ちる。運転手が救急車を呼んだ後助けを求めにかどこかに行ったせいで、俺達しかいない暗がりの路地はやけに静かだ。
腕の中に倒れるようにして力なく痛そうな呼吸を繰り返す彼の細い身体をもう一度しっかりと自分の方に引き寄せ、回した手でそっとその手を握ってやる。どこから出ているのかわからないけれど、辺りには既におびただしい量の血が広がって、指を絡めるようにして繋いだ俺の手も彼の手も真っ赤に濡れていた。
「おおい、し」
掠れた声は、大きく歪曲してはいるものの確かに聞き慣れた彼の声だ。
「英二、無理して喋らなくていいよ」
搾り出すように紡がれた声に優しく返事を返しながら彼の目を見つめる。繋いだ手にも殆ど力が入っていないことから、既に体全体が麻痺したように動かなくなっているに違いない。代わりに彼は、自由になるその瞳だけを、執念すら感じさせる熱っぽさで、一心に俺に向けていた。



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