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□陽炎
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それはある種台風のような、一過性で暴力的で純粋な。

まだ残暑ともいえない、じりじりと肌を焼く暑い夏。
薄暗い納屋の中は蒸し暑く、滴る汗は顎を伝って床に落ちた。
遠くだか近くだかで、蝉が…五月蝿い程に、鳴いていた。
















「ひ、っあ、…ッ」
「何飛んでんだ、アァ?お前は」
不意に強烈な刺激を体の内側に受けて、おはぎは喉を反らして鳴いた。
後方頭上から伸びる濃く肌の焼けた腕が無造作に前髪を掴み、引き上げる。
重力を細い髪の集合で無理に支えられ、おはぎは頭皮に走る痛みに眉を寄せた。
「…ふぅ、ン」
禿げたらどうしてくれるんだ、なんて場にそぐわない文句が内心に浮かぶも、口をついて出るのはくぐもった矯声だけだった。

ほんの数十分前、たまたま、珍しく彼と顔を合わせた。
今まで特別絡まれることも無かったし、そもそも言葉を交わしたことも少なかった。
自分は揉め事に積極的に関わる方ではなかったし、
彼らが和菓子屋につっかかりに来るときに見かけることはあってもその輪に加わることはほとんど無かった。
恐らく彼にとって、自分は一番印象の薄い人物だったはずだと思う。
現に一対一で擦れ違う事があっても、視線が合うことすらなかった。
それが、偶然。

昼下がり、よもぎに頼まれたいらなくなった椅子を、店の裏の納屋に直しに出た。
立て付けの悪くなっている戸をガタガタと鳴らして、なんとか開けようとしていて…その音を聞いたからだろうか。
不意に後ろから伸びてきた脚が、彼がドアを蹴り開けたのだ。
振り向いた自分と、こちらを睨み付ける彼と、確かに視線が合った。
それはどこか不思議な現象だった。
そして、それが合図だった。




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