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□どちら、が
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「柳生」
「なんですか?」
「んー…やっぱなんでもなか」
「おかしな人ですね。さっきからも、ぼんやりと外ばかり眺めて」
先ほどまでの情事の余韻をまるで感じさせない態度に対して、相変わらず気まぐれだと言外に告げているのだと理解しながらも、それには何も返事を返さず、剥き出しだった引き締まった体に再びシャツを通す相手の姿を黙って眺める。
着痩せをするのか紳士の名の通りスマートな体は裸にすれば驚くほど筋肉質で、惚れ惚れするほどに美しい男の体をしていた。
筋肉はあれども細くどこか未発達な印象を受ける自分の白い体とはまるで違う、けれど同じ男のもの。
意外に鋭い両の瞳を普段通りに眼鏡で隠そうとするのを素早く隣に腰を下ろしその手を掴んで阻止すると、訝るようにこちらに向けられた視線から逃れるよう目を閉じて唇を奪う。
幾度も触れたことのある唇は柔らかいが、以前に体験した女の唇とは歴然とした差があって。
同じことを相手も感じているのだろうと思えばそれだけで、この関係の未来の無さを実感することが出来る。
柳生のしっかりとした腕が仁王の腰に回される。もう片方の手が頭に伸ばされ、美しい指が乾いた感触だけ与える無機物のような髪を撫でた。
駄目だと分かっているのに、仁王はその腕が、指が、どうしようもなく好きだった。
抱きしめてくれるぬくもりから離れられそうもなかった。
「…仁王君」
耳元で囁かれる低い声に快感の琴線が震わせられる。そしてその反射を自覚した瞬間に、仁王は静かな絶望を得る。
こんなにも囚われて、いつか彼を失う未来にいったいどうすればいいのか。
考えたくもない結末だ。ハッピーエンドだけはあり得ない、お涙頂戴の陳腐な恋愛映画のようだ。
そこから抜け出せない、抜け出そうともしない自分がどうしようもなく哀れで滑稽な生き物に思えて、救いのなさに体の内側がちり、と焼けるような痛みを感じた。



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