非常用食糧要員Χ
後輩時代。 なぜ自分なんかが精鋭一七に配属されたのか疑問に思っていたエックスは、とうとう衝撃の事実を聞かされてしまいました。 あせって先輩に報告するエックス。 「先輩! おれ、ほんとは非常時の補給用食糧だって本当ですかっ」 「は? 何の話だ。訳が分からん。順序よく話せ」 「いや、あのですね、先輩が、いざとなったら先輩はおれを食べてしのぐって言ってたって、先刻そこで聞かされて」 要領を得ない後輩の説明を、先輩のあんまりよくない頭で整理した結果わかったのは、 「バカかおまえは。そんなやつ雇っておくくらいなら、サブタンクを一個余分に持って歩いたほうがずっと効率的だ」 「そ、そうですか。そうですね」 ちょっとホッとしたエックス。 自分は歩くオイル補給器程度の扱いかと思って落ち込んでいたらしい。
ゼロは、無い頭を一生懸命しぼって、流言飛語の出所を探す。 ――あれは、たしか酒場で飲んでいて、酔っ払った鳥がへらへらと惚気話を喋っていて、俺は適当にあいづちを打ちながら、特A級にここまでベロベロに好かれる女とはいったいどんな奴なのかとぼんやり考えていると、ちょうど裏通りの女たちの品定めに花を咲かせていた他の奴らが、おまえならどんな女も食い放題だろうと、俺の女遍歴に話を振ってきて、あいにく裏通りだろうが表通りだろうがそういうけばけばしい話への関心は全くといっていいほど無いうえに、正直なところ自慢できるような体験も全く持ち合わせていなかったので、俺はそういう話に興味はないと格好つけて断って、ついでにいざとなったら手近なところで済ませると酔いに任せて悪い冗談に使ってしまったような気がしなくもない。あれはまずかった。その場に居なくて、なおかつ毎日俺の後ろをちょろちょろついて回る姿が記憶に残っていて、とっさに名前が浮かんだのが間違いだった。 そして、それを知っているのはあの場に居合わせた数名で、あの鳥はそういう酒の席の冗談を言いふらすような奴ではないし、となると候補は何人もいない。そうして、そういう話を無闇にあちこちへ触れ回るわけでもなく、わざわざ当の本人に御注進してビビらせようなどという手の込んだ事を企みそうなのは、おそらく頭にツノを二本ばかり生やしている決闘好きのアイツか。いやむしろ、フルフェイスのメットがトレードマークのキザ野郎のほうかもしれない。 どちらでも構わないし、放っておくつもりではいた。わざわざこちらから騒ぎ立てて、真実味を増すのもバカげている。ただ、ざまあみろ、と思った。どこのどいつか知らんが、おまえの脅しは全然意味が通じてないみたいだぞ。
だいたい、ケイン博士の秘蔵っ子を解体してオイル補給などするはずもない。どこからそんな発想が出るのか、あまりの世間知らずに呆れてしまう。どうせ、食うという話を聞かされたときだって、汚れを知らないコイツは、卑猥に侮辱されたことすら気づかずに、そうだったんですか、ちっとも知りませんでした、とかなんとか言ったにちがいない。ああ、くそ。どうしてそういう知識がないんだ。まったく、セクサロイドに用があるのは俺ではなくてコイツだ。 「先輩?」 ハッとした。エックスが訝しげな表情で、片手で頭を抱える俺を見上げていた。 「いや、なんでもない」 エックスの背に手を回し、景気づけに一発ばしんとはたく。 「バカな話は気にするな。おまえは物になる。絶対だ」 俺が言うんだから間違いない。冗談に紛らせてそう言ってやると、エックスの表情が僅かにゆるんだ。
「なんにも知らないゼロ&なんにも知ってるエックス」が我家のスタンスですが、たまには「なんにも知ってるゼロ&なんにも知らないエックス」も面白いかと思いました。 岩本版マンガΧ復刻版4冊目(Χ3-2)「#14 WRATH(激怒)」に、イレギュラーがレプリを殺してエネルギーを吸い出すシーンがあったので、カッ!となって書いた。今は反省している。
この話のポイントは赤き鬼神の問題発言で、その内容は以下のとおり、 「いざとなったら手ぢかにエックスでも食ってしのぐさ」 だったのを、バーボンをオンザロックで飲んでいた誰かさんが聞きつけて、こいつはおもしれえ、と翌日エックスに先の発言を丸ごと一字一句たがわず(いじめながら)教えてやり、それを聞いたエックスはまず王道的に頭からガジガジとかじられる自分を想像し、さすがに金属を食べるはずはないけどオイルは吸い出せば使えるよね、と思い至り、「いざとなったら食べる」ということは、非常事態が起こった場合おれはゼロに壊されて中身を吸い出されるためにいるということか、だから、戦うのは苦手なのにゼロ先輩はおれをいつも連れて歩くんだ‥‥そんな‥‥
で、ゼロが「そんなわけあるか!」と呆れ返るわけです。
ただ、この先ふたりが親密になったとき、エックスの場合ゼロを見ると頭の中には「ゼロと共にいるおれ」が浮かぶけど、ゼロの場合エックスを見ると頭の中は「エ ッ ク ス」っていう字だけでいっぱいになっちゃって「俺」は軽くどこかに吹っ飛んでると思う。脳内分析したら「ΧΧΧ...」エックスしかない!みたいな。 まあ、ゼロの場合、戦うとなったら今度は脳内「戦戦戦戦...」と戦闘オンリーになってると思います。何事も真剣勝負ですよ彼は。笑 それに対して、青き英雄エックスの標準状態は「悩」「迷」「苦」の三重奏(三重苦?)です。そして、その耐えがたい不協和音を唯一やわらげてやることができるのが赤いあの人の手のひらなのです。
◆ ◇ ◆
≫久しぶりに休日が揃った日。
Χ「ちょうど、君が帰ってきたら遊んでもらおうと思ってたところだったんだ」 Ζ「いいぜ。訓練場[トレーニングルーム]に行って、殴り合いでもするか」 Χ「それじゃあ休暇の意味がないじゃないか。休日っていうのは余暇に使うためのものだよ。なにかもっと、遊びらしい遊びがいい」 Ζ「遊びらしい遊びか。なら、チェスはどうだ」 Χ「いやだよ、ゼロが勝つに決まってる。おれはもっと簡単で、非生産的な遊びがいい」 Ζ「非生産的か。なら、しりとりはどうだ」 Χ「しりとりねえ。なにか、もっと興奮するようなことがしたいよ」 Ζ「おまえはいったいなにがしたいんだ」 Χ「うーん、たとえば、野球拳とか」 Ζ「ギャラリイもいないのにか。つまらん。却下だ」
事もなげに言い捨てるゼロを見て、エックスは不安になった。ひょっとして、見られたいのだろうかこの人は。しかし、ここは敢えて誤魔化すことにした。
Χ「野球拳だよ、ゼロ」 Ζ「通常アーマー」 Χ「ライドアーマー」 Ζ「ライドチェイサー」 Χ「ライジングファイヤ」 Ζ「アースクラッシュ」 Χ「‥‥ハイパーギガクラッシュ」
言って、おれはふざけてギガクラッシュのポーズを取った。四肢を力いっぱい広げて飛び上がる。といってもエネルギーの放出は零なので、身体が空中にとどまることはなく、おれは手足を大の字に広げたまま、ゼロの上にドスンと着地した。 ゼロは、座っていたソファとおれとの間に挟まれて、迷惑そうな顔をした。
Ζ「重いぞ、降りろ」
そのまま何の感慨もなしに両脇を持ち上げられ、ひょいとばかりに脇に退[ど]けられてしまった。残念。ハイパーギガクラッシュ破れたり。おれは一人でしゅんとして、ゼロはソファに踏ん反り返って満足そうに目を閉じた。 ――こんなことなら、同じHでも波動拳にして、腹いせに一発お見舞いすればよかった。ソファの端に腰掛けて、膝の上で両のこぶしを強く握る。何故こんなに自分が苛立っているのか、自分でもよく分からなかった。いや、理由はよくよく分かっていたが、敢えて知らないふりをした。波動拳昇竜拳の次は何なのだろうか、まさか野球拳ではないだろう。 おれはくだらないことを考えて、湧いてきたもっとくだらない思考を散らすことに努めた。
英語圏のしりとりは、本当は後ろの三文字を取っていくそうですが、今回は難しいので一文字ずつにしました。
◆ ◇ ◆
≫ゲイトの地下研究室にて。
エックスは神妙な顔で椅子に小さくなって、ゲイトの答えを待っている。 至って真剣な表情でそんな相談をもちかけてきたエックスに、ゲイトは思わずくすりと笑ってしまった。 ――ああ、あれは、規則(regular)と不規則(irregular)の狭間だから。それに基本的な行動原理だという強固な刷込みもある。‥‥きみがイレギュラー化(maverize)でもしてレプリとしての感覚基盤を失わない限りは、半永久的に持続するだろうから、安心していいよ。 どこが安心できるのか全くもって分からないが、ともあれゲイトは口の端を上げて笑った。まあつまり、慣れが無いということらしい。 それに、そのペースじゃ、当分飽きも来ないさ。この忙しさではね。‥‥季節行事だろう、君たちは。 君は、ではなく、君たちは、というところがさりげなく侮れない。 その「君たちは」というのを、自分と元○特隊長個人をさすものでなく「忙しいハンターの皆さまは」という意味だと思い込もうと努めつつ、エックスはあいまいにうなずいた。
なんの話かはご想像におまかせ。
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