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□Irreplaceable
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※冒頭グロ表現有




◆イリプレイサブル







その第一報が入ったのは、任務の最中のことだった。
こんなに重要な情報が、俺には直接こないのだ。家族でもなく、制作者でもなく、兄弟機でもない俺には、なんの連絡も入っていなかった。その「第一報」というのも、17部隊に知り合いのいる奴が、噂で回ってきた通信を俺に横流ししただけのことだ。
職業柄、悽惨な事態は見慣れており、むごい場面も、胸のわるくなるような傷も、たくさん見てきたつもりだった。だが、見慣れたなんて嘘だ。
ちらと添付されていた映像を見、言葉を失った。メンテナンスベッドに横たえられた、ぼろぼろの青いなにか。エックスだ。たぶん、エックスなのだろう。そのエックスには眼がなかった。眼だけではなく、鼻もなかった。口もなかった。顎から胸にかけて、抉[えぐ]れたように無くなっている。傷口からは、千切[ちぎ]れた内部機関が露出していた。かろうじて残った皮膚は爛[ただ]れ、装甲は拉[ひしゃ]げ煤[すす]け、見るかげもなく焼け焦げていた。

"第17精鋭部隊エックス隊長が 機能停止状態で搬送された_ "

映像に添えられた一文は、それだけで俺の思考を停止させるに充分な衝撃をもっていた。
通信の文面によると、エックスは出動先の建物[ビル]で爆発に巻き込まれたのだという。そんな大規模の爆発であれば速報が出てもおかしくないはずだが、こちらの電波には何も流れていなかった。あいつに限って、まさかそんなことが。その思いも、くだんの映像を前にしては、あっけなく崩れ去ってしまった。
もたもたしていて、逃げ遅れたのか。なかば八つ当たりのごとく意味のない言葉を口にすると、通信を寄越した隊員とは別の隊員が、言いづらそうに口を開いた。
「それが、見ていた者の話によれば‥‥」

──爆弾を抱いて、もろともに爆発したのだとか──

なにをやっているんだあいつは。
何がどうすればそんなことになるのか。まったく状況が理解できない。情報の少なさに苛立ちが募る。怒声が飛び出しそうになり、すんでのところで飲み込んだ。目の前にいる隊員を怒鳴ってみても、なんの足しにもならない。俺のすべきことは他にある。派遣されたこの地での任務は、まだ終わってはいないのだ。今は目の前の仕事に集中しなければならない。
俺は非常な冷静さでもって仕事を進めた。無駄口を叩かず、否、ほとんど一言も発さずに任務を遂行した。指示指令も簡潔かつ迅速に行い、驚異的な速さで現場仕事をまとめ上げ、皆が寝静まってからも一人眠らず、支部に提出するための書類作成を続けた。修復不能の大破者が出る事態になれば、必ず本部から全員に通達が来る。それが来ていないのだから、たぶん死んでいない。生きている。生きているはずだ。
そうして猛スピードで任務をやっつけて、俺がハンター本部に帰投できたのは翌日の夜遅くになってからだった。消灯寸前に滑り込んだ俺を迎えたのは、ライフセーバーの厳しい表情[かお]だった。
「意識が‥‥戻らないのです」
聞けば、循環系統および中枢制御システムの修復は完了、恒常性維持機能にも異常はなく、すぐにも再起動できる状態になっているはずなのだが、24時間以上経過した現在になっても起動の兆候が見られないのだという。
エックスは、蒼白な顔で眼を瞑って横たわっていた。
すでに顔の人工皮膚および素体の樹脂のハリ替えは終了しており、いつもどおりの顔に戻っていた。白くなめらかな瞼[まぶた]が両眼を覆い隠していて、数時間前にはそこに黒く焼け焦げた眼窩[がんか]が広がっていたことなど嘘のようだった。
俺は静かに傍らに立ち、エックスの蒼ざめた寝顔を、黙ってしばらく眺めた。人ゲンと違い、レプリロイドには「予後」や「侵襲」といった概念がないことがせめてもの救いだったが、目が覚めないのでは何にもならない。見舞いは済んだ。人形のごとく横たえられたエックスを前に、俺にできることはもうなかった。
「また来る」
とりあえず、いったん帰ることにする。様子の変わるようなことがあれば、もう一度来ればよいだろう。
──ところが、きびすを返してドアへ向かった、と思うまもなく、俺はエックスのポッドの前に呆然として座っていた。全身と意識の統制が取れていない。何かあったら知らせろ、とメカニックのダグラスが言って、ライフセーバーと共に出ていった。
しかたがない。
覚悟を決めて、もうしばらくついていることにした。



  ◇ 



いちばん初めに聞こえたのは、「また来る」という耳慣れた低い声だった。

いつのまに来ていたのだろう。来たおぼえがないのにもう帰るとは、なんて気が早いんだ。と、寝呆けた頭で思うまもなく、突然ドンガラガッシャン! 大きな何かが床にぶつかる音がした。なんだなんだ。騒ぎのもとを見ようとして、しかしまったく目を開けられないことに気づいた。それどころか、全身どこも動かない。胸も、腹も、手も足も、頭のてっぺんからつま先まで、動かそうとしてもまったく動かすことができなかった。
おいおい大丈夫か、という別の声がして、カシャカシャとアルミか何かの軽い金属を引きずってくる音がした。
「まったく、しっかりしろよ。ほら、これに座っとけ」
この声はダグラスだろうか。続いてどさっという音と、誰かの不機嫌そうな呻[うめ]き声が聞こえた。それから、複数の足音が部屋を出ていく音がして、室内の気配は一人だけになった。
かろうじて周辺把握のための体内センサだけが働き出したようだ。真っ暗闇の黒の中に、白い輪郭線だけで物の形が浮かび上がってくる。おれは、どこかの室内に寝かされているようだった。やたらと機器類の多い部屋だ。視点が動かせないのでハッキリとはわからないが、おれの傍らには誰かがいるようだった。小型の脚立とおぼしき物体に、一人になった人影が座っていた。顔のあたりに密度が集中しているのは、膝に乗せた両腕に顔を埋ずめているからだろうか。
ゼロ、と呼ぼうとして、声も出せないことに気づいた。
頭がハッキリしてくるにつれて、なぜ自分が寝かされているのか、なぜ自分の身体が動かないのか、なぜ隣にそんなおかしな格好をしたゼロが座っているのか、だんだんわかってきた。これは、一刻も早く、なにか言ってやらなければならないのかもしれない。おれは急いで少しでも動かせそうな回路がないか探した。









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