.

□Irreplaceable
3ページ/3ページ






"いきなり何だよ。まぶしいじゃないか_ "

抗議の声を視界の端に引っかけながら、俺は部屋を後にした。センサと聴覚だけでなく、視覚も起動していたようだ。
自動扉をくぐると、すぐ前の廊下にダグラスが立っていた。なにやら意味ありげな目配せをくれるので、俺は言ってやった。
「ま、扉の外に誰かきたのはわかってたけどな」
だから途中でやめた、とは言わなかった。かわりに、立てた親指で背後の扉を指差した。
「起きてるぞ」
「みたいだな。おまえさんの声がしたから様子見にきた」
頷くダグラスに、状況を説明する。機体が一時的に処理落ちしているらしいこと、通信のみが繋がっていることを簡潔に伝えた。
「了解。たぶん、まだちょっと帯電してんだろ」
今回のエネルギー量は半端なもんじゃなかったからな。アーマーがみんな吸っちまって、いまごろ整備部がエネルギーの捨て場に困ってる。そう言ってダグラスは肩を竦めた。しかし、本人がハイパーギガクラッシュだと言っていたから、下手に取り出すと、数百倍になって噴出しかねない。
「とりあえず、戦闘機[シャトル]で地球一周するくらいのエネルギーにはなるんじゃないか」
「ちがいねえ」
冗談を言い合っていると、ダグラスが「お、噂をすれば、だ」と片目を瞑った。エックスからの文字通信らしい。
「ええっと、"いまいく_ "っと」
「耳は聴こえてるから、直接言ったほうが早いんじゃないか」
指摘すると「なんだ、早く言えよ」と気のいいメカニックは豪快に笑った。俺はついでに先程からずっと疑問だったことを尋ねた。
「なあ、どうしてこんなに誰もいないんだ」
つきあいの長さでいえば、俺とエックスとは誰よりも長い月日を共にしてきた自信がある。だが、精鋭部隊隊長の名誉の負傷に、所属も部隊もちがう俺一人だけというのは妙な感じだ。
「何言ってんだ、この札[ふだ]が見えねえのか」
ダグラスが目の前の自動扉を示した。見れば、そこには赤字でデカデカと

『NO VISITORS』 (=面会謝絶)

と書いてあった。
「ああー、‥‥ま、そりゃそうだろうな」
来たときも確かにこの扉を通ったはずなのだが、まったく目に入っていなかった。さすがに気まずく、扉をくぐる背中に「あいつを頼む」とだけ言い置いて、俺は通路を後にした。



消灯後の深夜の廊下は暗い。
青緑の非常灯だけが、ぼんやりと足許を照らしている。無音の廊下に響くフットパーツの金属音が、俺を物思いに引きずり込む。
ふと──小さな身に爆弾を抱き、顎を天へ反らせ、胸許から白い光に包まれていく姿を見た気がして、俺はぞくりとした。もはや顔面の形跡をとどめていない潰[つぶ]れ崩れたガラス玉。暗い通路から、黒く焼け焦げた虚無が俺を見ていた。
もしもそんなことになっていたら──それであいつが戻らぬものになっていたなら、俺は、俺からエックスを奪ったそいつを、どこまでも追い続けるだろう。そして、そいつの脳天ぶち割って全身に返り血を浴び、すべてを跡形もなく引きちぎるまでは決して止まらないだろう。たとえ、エックス自身が、そんなことを望んでいなかったとしても。

つまらない感傷だ。心の中で呟いて廊下の角を曲がりかけた。
が、今日の珍事はこれで終わりではなかった。俺は思わず「ワッ」と小さく声に出して、曲がろうとした足を止めた。センサの射程距離に、いきなり大量の熱源反応が飛び込んできたのだ。ここからは何も見えないが、角の先がちょっとした人だかりになっているようだ。
改めて一歩踏み出すと、案の定、廊下には三十人ばかりの集団がたむろしていた。よくわからない集まりだ。ハンターにオペレータ、上はベテランの古参兵から下は最近入隊したばかりの新顔まで、何の関連も脈絡もない顔が揃っていた。一応、通行の邪魔にならぬよう壁側に寄っているつもりらしいが、これだけの人数がいては、とくに動物型などはあまり意味をなしていなかった。先日入ったばかりの巨大な玉ねぎ型と上に乗っている猫耳メットのバレット使いが、いちばん場所をふさいでいた。
それらの目が一斉にこちらを向く。廊下の奥にいた一人が俺を見て駆け寄ってきた。
「隊長。エックス隊長は‥‥」
17部隊の副隊長だ。装甲に覆われた顔に、不安の色が滲んでいる。
「大丈夫だ。意識は戻った。いま話してきた」
俺が言ったとたん、静まり返っていた集団から、ワアッと雪崩のような歓声と雄叫びが上がった。
「本当ですか!」
「よっしゃ!」
「やったあ!」
「Robin、隊長は無事だ!」
「聞いたかBuqueno、目を覚ましたって!」
「隊長!」
歓声に混じって伝言ゲームのように言葉が飛び交う。イヤパーツに手をあてて誰彼の名を叫んでいるのは、どうやら音声通信らしい。その間にも、俺の目の前すれすれを、バカでかい視覚言語がぐわっと通り過ぎていく。視覚言語は、狭い範囲にしか飛ばせない通信だ。このぶんでは、この壁の外にもまだ人が残っているにちがいない。案の定、すぐさま壁越しに返事が戻ってきて、俺は通信に体内を通過されないようすんでのところで避[よ]けた。
「静かにしろ! 消灯後だぞ。それにまだ完全に起きたわけじゃない、身体機能は停止したままで‥‥」
──誰も聞いちゃいない。
それも仕方がないかもしれない。日々負傷の絶えない俺とちがって、あいつは、どんな事故があろうと、それこそシグマの反乱だろうと、たいした傷もなく帰還することがほとんどだ。それがこのような事態となっては、皆がこぞって心配し、かつ吉報に驚喜するのも仕方のないことなのだろう。俺は、騒がしい集団がラボ側に流出しないよう通路の真ん中に突っ立った。
「けがをしたお顔見て、ほんとに‥‥どうなってしまうんだろうって‥‥」
オペレータの少女が声を詰まらせながら言った。あいつと同じ緑の目から、涙の雫は流れなかった。だが、もしもそれがあったなら、きっと溢れ出ていたのだろう。俺は何か気の利いたことを言おうとして、しかし彼女はすぐに泣き笑いの笑みを浮かべると、金髪のオペレータの名を呼んでそちらのほうへ駈けていった。その呼ばれた女性オペレータは、今しも誰かと通信で話しているところだった。先日入った後輩たちと連絡しているのかと思ったが、どうも口調から推測するに、通信相手は例のいけ好かない野郎であろうと思われた。まあ、俺の干渉することではない。おしなべて情報というものは、こうやってハンター本部のすみずみまで浸透していくのだろう。あの「第一報」もまた、こうして巡りめぐって俺のところに回ってきたにちがいない。しかも今度は良い知らせだ。
「峠は越えたから、皆いったん戻って寝ろ」
収拾がつかないので、俺は、自分も帰りながら通路のざわめきを少しずつ後退させた。14部隊の竜型と、救護7班の少年型が、両脇から加勢してくれた。いつのまにこれほど集まったのかと問えば、初めからだと笑われた。ほんとうに、俺はいったい何を見ていたのだろう。聞けば、昨夜[ゆうべ]から入れ替り立ち代り、いろいろな奴が詰め掛けているらしい。言われてみると、消灯前にしてはどうも歩きにくい廊下だと、わずかに思ったような気もした。だが、いかんせん夢中だったので、まるで構っている暇はなかったのだ。
だってさあ、鬼神のゼロがさあ、ものすごい顔して歩いてくるんだもの。誰も触るな、話しかけるな、って顔に書いてあったよ。怖くて誰も呼び止められないって。バレット使いの子どもが言って、17部隊の副隊長がシーッと人差し指を口に当てた。俺は、その頃にはもう聴いていなくて、ただあいつのきれいなまるい目玉のことを考えていた。
俺が瞼[まぶた]をめくった指の先で、きゅうっと密やかに収縮したミドリの虹彩。
いくらでも替えがきくものだ。だが、替えがきかないものがあることも、俺はよくわかっているつもりだ。
「もういまごろ動けるようになってるのかな」
「明日、朝にもう一度来てみるよ」
「顔を見たいな。機体修復は完了してるんでしょ」
「あ、私も行く」
あっというまに翌朝の訪問が持ち上がっている。俺はハタと気がついて、本日初めての文字通信をあいつに送ることにした。
脳内で、即座に通信プログラムを展開する。
(…"あす目が覚めたらすぐ逃げるなり アンダー履くなり 何なりしろ…)
と、そこまで書いて、これだけではまるで意味がわからないだろうと思ったので、さらに一行つけ加えた。
(…見舞いが押し寄せる可能性がある_ " )
通路を歩きながら送信し、文字通信の返事がくるのを待った。


『情報に感謝する。いますぐ履くよ』


数拍も置かずに届いたそれは文字通信ではなく──エックスからの笑い声混じりの音声通信で、俺は今度こそほんとうに、心の底から安堵した。



<了>










-----------------

【irreplaceable】(形)置き換[取り換]えられない; 代わりの物[人]がない

倒したものだけでなく、救った者も数知れず…エックスが死の淵から引き上げた者たち、と、それにつらなる系譜[ツナガリ]。
17の副隊長は公式では存在しないようですが、勝手なイメージでE.Z.という名の金属マスク装備男性型さんを当てはめてみました。あとの人はご想像のとおり。



エックスの特殊武器その3: ギガクラッシュで衝撃吸収
SA1316
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ