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□悪魔のシッポ
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■悪魔のシッポ■
どうやら余命半年、
らいし。
いわゆる死の宣告。
死神の尻尾を掴んじまったって訳だ。
あれ?
死神ってシッポなんてあったっけ。
尻尾があるのは悪魔か。
まぁ、どっちでもいい。
昔からそう、気付いた時にはいつも手遅れで、人生なんていつもそんな感じだ。
戌井 誠は診察室だという事も忘れてスーツのポケットから煙草を取り出し口に銜えた。
「ちょ、戌井さん、あなた肺ガンなんですよ!肺ガン!たった今宣告を受けたばかりだってのに」
唇に挟んだ、まだ火をつける前の煙草を看護師が奪い取る。
「それに病院は禁煙ですよ!もっと病気に対して自覚を、」
ぐだぐだと続きそうなベテラン看護師の口を塞ぐように主治医の羽鳥が右手を軽く上げて看護師を柔らかく制した。
「戌井さんには後でちゃんと言い聞かせておきますので」
言外にやんわりと退室を命じられ、看護師は渋々診察室を後にした。
主治医の羽鳥と二人きりになり、改めて新しい煙草に火をつける。
「はは、俺、死ぬのかよ」
「煙草ばっか吸ってるからだろ」
「ジョーダン、31の若さで煙草の吸い過ぎくらいで肺ガンになんかなるかよ。5年前、俺の嫁さんが同じ肺ガンで死んだ時、遺伝だってお前言ってたじゃねぇか」
「じゃ、遺伝」
「医者のくせに、いい加減な奴だな」
「喫煙所はロビーにあるから吸いたきゃそっちで吸いなよ」
「どうせ先のない人生だ。好きにさせろよ」
「あんた、再婚はしないの」
「はぁ?たった今、あと半年しか生きられませんって告げられて、誰と再婚しろってんだ。笑えねぇよ」
「半年しかないから、だろ」
「そもそもバツイチのしがないリーマン相手にそんな奇特なオンナがいるかよ。いるなら紹介しろ。お前こそ結婚、しねぇのかよ、羽鳥先生」
「しない」
「なんで」
「お前が好きだから」
「・・・・・・えぇっ?!」
「だから、お前が好きだから」
羽鳥は何事もなかったかのようにカルテにペンを走らせる。
白衣が嫌味なくらいよく似合う物憂げで端正な横顔。
「いや、二度も言わなくても聞こえてる。マジかよ」
「マジ」
「・・・いつから」
「高校の頃、同じクラスになって、あんたの隣の席になった時から」
戌井は無言で座り心地の悪い丸椅子から立ち上がった。
「じゃな」
答えが欲しい訳ではない羽鳥は小さく吐息してまたカルテに視線を落とす。
「次の診察は来週の水曜だから」
「返事はそん時?」
「いや、返事は無用」
「そっか」
短くなった煙草を携帯灰皿に捻じ込み、それなりに冷静さを装って診察室を後にした。
他にどんな反応をすべきだったのか、検討もつかなかった。