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□悪魔のシッポ
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死の宣告を受けたその日に、死の宣告をした張本人から愛の告白ってやつを受けた。
そんな一応トクベツな日。
それでも四半期末の月末近いってんで、会社は仕事量もノルマも残業も容赦ない。
相変わらずの慌しい日常。
おまけに最近はドコも禁煙・禁煙で社内ではまともに煙草も吸えやしない。
「会社、辞めっかなぁ」
終電を降りて、アパートまで歩きながら、ふいに携帯が震えた。
画面には「羽鳥 幸人」
「電話でまでカウンセリングかよ、羽鳥先生」
『なに、してる』
「んあぁ、今帰り」
『こんな時間まで仕事か』
「決算月で何かと忙しいんでね」
『診察、すっぽかしたろ』
「ったり前だろ、元同級生の、しかも男の主治医に好きだなんて言われて、また逢えっかよ」
『それとこれとは話は別だろ』
「大して変わんねぇよ」
『入院、しなよ』
「しねーよ、分かってんだろ」
『・・・恨んでんの?』
「まさか。だた病院のベッドで病気で死ぬならともかく、薬の副作用に苦しみながら気力も体力も臓器もボロボロになって、何も成し遂げぬままの最期ってのが嫌なだけなんだよ」
『奥さんみたいな最期には絶対にしない』
「頼もしいな、羽鳥先生。でも入院はしない」
『頑固な奴。じゃあ、せめて好きなことしなよ。律儀に出勤して真面目に残業してる暇あるなら、やりたいコトやって、好きに生きなよ』
「簡単に言ってくれるよ。やりたいコトね、そうだな、じゃあとりあえず会社辞めっかな。いつでもどこでも好きな時間に煙草が吸えたらサイコーだ」
『じゃあ、俺も病院辞めっかな」
「はぁっ?何でお前まで辞めんだ・・・よ」
2階建てのアパートの階段を上がりきったところで、電話から聞こえる声と周囲の音がピタリと重なった。
扉の前にしゃがみ込んでいた人影がズボンの汚れを払いながら立ち上がる。
「人んちの前で何やってんだ。そんなサプライズするキャラじゃないだろ」
「いや、戌井が思ってる以上に俺、何気にサプライズとかして女に喜ばれるタイプだから」
ゆっくり向かってくる銜え煙草の疲れ切ったスーツ姿のサラリーマンに思わず羽鳥は苦笑する。
煙草の火がゆらゆら揺れながら少しずつ近付いて来るのを羽鳥はずっと見ていた。
電話越しの声と実際の声がピタッとシンクロした瞬間、奇跡みたいなものを感じて無性に嬉しくなった。
楽しそうに笑いながら羽鳥は缶ビールとつまみの入ったコンビニの袋を軽く持ち上げる。
「一緒に飲もう、お祝い」
「何の祝いだよ」
「会社、辞めんだろ。退職祝い、一緒に乾杯してやる」
昼間、キッチリ白衣を纏い、人の肺のレントゲンを見ながら淡々とした口調で余命を告げ、同じ口調で「好きだ」なんて言って来たと奴とはとても同一人物とは思えない。
羽鳥は中へ入れろとアパートの扉を爪先で蹴って催促する。
明日も早いってのに、歓迎出来る来訪ではない。さっさとシャワーを浴びて、冷蔵庫の余り物を適当に腹に入れて、1秒でも多く眠りたい。睡眠不足が重なると疲れやすくて参る。
「半年後には死ぬってのに、明日のことなんか気にしてどうすんの。好きに生きるんだろ」
好きに生きる。
その一言に戌井は深く息を吐いて、羽鳥を中へ招き入れた。