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□悪魔のシッポ
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リビングのテーブルに置いてある灰皿には吸殻が山のように積み上げられていたが、それ以外は意外にも綺麗に掃除が行き届いたワンルームだった。
三十路の独身男が生活して、生きていくには狭いくらいが調度良い。
そこそこ綺麗に片付いた部屋を羽鳥は貰われてきたばかりのネコのように興味津々といった様子で嗅ぎ回り、ニコニコと笑ってリビングの座椅子に落ち着いた。
羽鳥とはなぜか人生の節目節目で出会う事が多かった。
高校の入学式に始まり、卒業してからも偶然会うことが多く、さほど親しい関係でもないくせになぜか俺の結婚式にも出席していた。
5年前妻が肺ガンの宣告を受けた時、主治医の傍にいた研修医は偶然にも羽鳥で、当然ながら妻の葬儀にも参列してくれた。
だからと言って比較的話が合う訳でもなければ、馬が合う訳でもなく、単なる友人としての枠を超えることはなかった。
「会社、辞めてどうすっかなぁ」
ベランダへ続く吹き抜けの窓の外へ煙草の煙を吐き出しながら、戌井はボソリと呟いた。
「いざ好きなことしろなんて言われても何も思いつかねぇし、やりたい事も思いつかないなんて、我ながら淋しい人生だよなぁ」
「淋しいのはみんな同じ。あんただけじゃない」
体育座りでクチャクチャとさきいかを噛んでいた羽鳥が、やけに真摯な声音でそう言った。
少しだけ驚いて顔を上げると、羽鳥は「なに?」と何でもなかったかのようにまたさきいかに手を伸ばす。
戌井は今こうしている間にも、肺の中で得意気に増殖し続けているガン細胞の一つ一つに染み渡るよう、大きく煙草の煙を吸い込んだ。
「やりたいコトかぁ、とりあえず旅行にでも行くかな。どこでもいい、どっか遠くに」
「じゃあ日本で一番美味い煙草を探しに行くとか」
「そりゃいいな、死ぬ前に最高の一服を探しに行くのも悪くない」
「キャンピングカーでさ」
「バーカ、どこにそんな金あんだよ。医者のお前と一緒にすんな。平均的年収のサラリーマンを舐めんなよ」
4本目の缶ビールを空けたところで、戌井はテーブルに突っ伏して寝てしまった。
新聞配達のバイクのエンジン音が近付いてくる。カタンと小さな音がして新聞がポストへ配られた。
夜が明ける。
一日が終わると、人は皆、少しずつ終わりに近付いていく。
遅かれ早かれ人はいつか必ず死ぬ。
死んで消える。
この世からも、誰かの記憶からも。