短編:1

□僕等の答え
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ある土曜日の早朝、熱斗は自室のベッドの上で背中を壁に付けて座り、寒さに耐えるように膝を抱えて縮こまっていた。
外の世界に広がる空はまだ、ほんのりと薄暗い夜の残滓を抱えていて、蛍光灯などの人工的な灯りを点けていない熱斗の自室も薄暗くしている。
何度も世界を救い、人を救ってきた正義の味方には似合わない、薄闇。

その薄闇の中へ自分を隠すように座る熱斗の隣には、青と白をメインカラーとしたPETがぽつんと置かれている。
画面のある側を上にして置かれたPETは薄暗い部屋の中で淡い黄緑色の光をぼんやりと浮かび上がらせていて、その黄緑色の光の上には小さなホログラムのロックマンが熱斗と同じように膝を抱えて座り込んでいた。
こちらは寒さに耐えているような様子は無い。
それはネットナビだから当たり前? いや、本当にそういうことだろうか?

「なぁ……ロックマン。」

永遠と続きそうな薄闇と沈黙の中で、熱斗がポツリと口を開いた。
それは疲弊したような、悲しみ落ち込んだような、とても弱くて頼りない声をしていて、PET画面の上で熱斗と同じ方向を見ていたロックマンを呼んでいる。

「何、熱斗くん。」

ロックマンはそう言って振り向いたものの、当の熱斗が未だに自身の前方だけに視線を向けているせいで、その視線が熱斗の視線と絡むことは無い。
自分で呼んでおきながら相手を見ないという熱斗の態度は普通なら随分と失礼なものだが、今の熱斗にそれを指摘することが酷く無意味である事をロックマンはよく知っている。
熱斗の視線は今、前方にありながら、前方には無い。
そして、それを知っているロックマンの返事もあまり元気のあるものではなく、平坦で、何か様々な感情を押さえこんだような冷たさと淡々とした雰囲気を持っているのは何故だろうか。

「聴いてほしいんだ、俺が今、思ってる事……。」

再び口を開いた熱斗の視線の先にあるのは机ではなく、その上のパソコンでもなく、その後ろにある壁でもなかった。
ぼそぼそと呟くように弱く、緊張に締めつけられて僅かに震えた声で話す熱斗の目は少し虚ろで、そこには居ない誰かに助けを求めている。
“だから”、熱斗は凍えていく、更に締めあげられていく。
膝を抱えるその腕に服の上から立てる爪は、最初の寂しさと、助け――救いを求める度に重なっていく苦しさと、その救いの為に取りたい行動が“本当の救いにはならない”と分かっている冷静な自分から与えられる寒さに耐えるためだった。
少しでも身体の痛覚を働かせなければ、心の痛覚が絶え間なく感じる痛みに呑まれてしまう、それを防ぐための防衛本能の一つ。
……熱斗が全てを理解してそれをやっているのかどうかは、少し別の話だが。

一方、そんな熱斗の姿を見つめるロックマンの目は虚ろではなかった。
しかし、それは冷静と言うには少し不自然で、まるで仮面のように無機質な雰囲気をかもしている。
何をしても、何を言っても崩せない気がする程完璧なその無表情は、上辺だけ見れば冷静な人間の表情に見えなくもないが、少し見方を変えれば色々な心境を隠すために無理矢理作ったように見えなくもない。
その仮面の下に、ロックマンは一体何を隠しているのか、それを考えると今のロックマンの目は、熱斗の虚ろで誰かに縋るような視線よりも恐ろしいものなのかもしれない。
見えない仮面を付けたまま、ロックマンが冷静に答える。

「うん、いいよ。それが終わったら、僕の話も聴いて欲しいんだけど……いいよね?」

ロックマンの返事に、熱斗はゆっくり頷いて、

「うん、分かった。ありがとな、ロックマン。」

少しだけ安心したように微笑みながら、ようやくロックマンへ視線を向けた。
腕に立てる爪から、僅かに力が抜ける。
この一連の会話と動作はまるで、熱斗がロックマンに縋っているように見えないこともないかもしれないが、それでも熱斗が“本当に”縋っているのはロックマンではない。
今の熱斗のそれは、ロックマンに縋っているからの行動ではなく、同志としての信頼ゆえのものであり、ある“決意”を固める為のものだ。
“本当に縋りたい”のは、自分を締め付けてきた想いの全てで締め上げて閉じ込めたいのは、ロックマンではなく、別の人間なのだから。
まだ薄暗い部屋の中で、熱斗はロックマンに、自分が抱えてきた“あの子への想いとその代償”を語り始める。

「ロックマンはさ、俺がメイルちゃんの事を好きなのは……もう、知ってるよな?」

既存の事実の確認、そして僅かに自嘲が混ざった声に、ロックマンが小さく頷く。

「……最初はさ、ただ、楽しかったんだ。メイルちゃんが今までよりもっと俺の近くに居て、俺に笑いかけてくれる。それが嬉しくて、俺も今までより沢山、メイルちゃんの傍に居るようになった。」

息継ぎをするように一呼吸だけ置いた後に熱斗が語ったのは、好意を抱く相手が傍に居てくれる喜びと、それが自分にとってとても大きなものだった事だった。
柔らかな思い出に、熱斗の表情が少しだけ緩む。

「凄く、幸せだったんだ、なんだか、暖かくて。何処かワクワクしてさ、ただでさえ楽しい毎日が、もっと楽しくなってく、そんな感じ。」

綺麗で優しい言葉ばかりを使って紡がれる過去の思い出。
それはどう考えてもこの部屋の薄闇には似合わない、本当に暖かくて春の日差しのような優しい明るさを持った思い出なのだから、熱斗の表情が緩むのも当然と言えば当然かもしれない。
そう、此処までならばこれはまだ、所謂“惚気話”の範疇を出ていないのだ。

しかし、
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