短編:1

□異世界から帰ってきたらライバルが百合厨になっていた件について
1ページ/7ページ

ある日の午後、場所はIPC本社のビルのかなり上部にある副社長室、背中に見えるガラスの壁から差し込む日差しを黒い椅子の背もたれと後頭部に受けながら、炎山は酷く神妙な様子で口を開く。

「熱斗……正直に答えてほしい。」

元々真面目で固くて無愛想な戦友が普段の数倍真剣で真っ直ぐな眼を向けて問いかけてくるその様子にただならぬ何かを感じた熱斗は、会議用と思われるパイプ椅子に座ったまま背筋を固く伸ばした。
余りに真剣な視線に熱斗の表情は笑みを作る事を拒み、まるで悪の組織の親玉と対面している時のような緊張感をもっている。

「な、なんだよ、そんな改まって……なんなんだよ?」

一体炎山は何を言おうと言うのか、何を訊こうと言うのか、それは自分にとってどんな重い意味を持つのか、全く予想がつかないが、予想がつかないゆえに何かそれが恐ろしくて、熱斗はハイともイイエとも答えられずに中途半端に聞き返した。
その返事に炎山は一瞬だけ目を伏せ、顔を伏せ、息を吐き、その目をゆっくりと開きながら伏せていた顔を上げて熱斗を見つめたと思うと、

「桜井とロールはロール攻めメイル受けで合っているよな?」

熱斗の想像を絶する質問を投げかけてきた。

「……は?」

その一文字を残し、熱斗がしばしの間絶句した事はもはや言うまでもないだろう。


嗚呼それから何秒間の時が流れただろうか、今この瞬間、IPC副社長室には壁にかけたアナログ時計からするコチコチカチカチという音だけが漂っている。
熱斗は勿論、炎山も、そして彼等のナビであるロックマンとブルースも口を開こうとしない。
そんなあまりにも気不味い空気の中で、熱斗は、炎山の言葉の意味と、今この言葉に至るまでのいきさつを必死に整理しようとしていた。

――ええっと、ちょっと待て、俺まず何て言って炎山に呼びだされたっけ? あぁそうだ、今日は学校が終わる少し前に炎山からメールが来てて、その文面は『重大な話がある、こちらに来てほしい。』なんてものだったから事件か何かかと思って、なるべく急いで学校を出たら外にあのおなじみの黒い車だろ? 全くすげぇ目立っちゃったじゃないか。いやそんな事はどうでもよくって、えっと、だから重大な話があるって言われて此処まで連れて来られて……。――

第一に事件、第二に炎山もしくは熱斗自身の身の回りの何か重大な秘密か、とにかく何か重い話だと思っていたというのに、まったくもって訳のわからない台詞を吐かれた。
それを理解した熱斗は固く伸ばした背筋を緩め、パイプ椅子の背もたれに寄りかかり、大きな溜息を吐きながら炎山をやや下から上へ向けて睨みつけた。
所謂上目使いの、嫌悪感バージョンである。

「あのなぁ炎山、俺にはお前が何を言いたいのか全くわかんねぇんだけど。」

私は貴方に呆れ返っています、という意思を全身と声音で伝えてからもう一度溜息を吐くと、炎山は開いたその目を今度は閉じる事無くカッと見開いて椅子から勢い良く立ちあがり、机に身を乗り出した。
その反応も全く意味が分からず、あ゛ぁ?と不良じみた声でも出しそうな程の不機嫌顔の熱斗は自分の膝に肘をついて今度は前かがみに行儀悪く座る。
一方炎山もその反応の意味が色々な意味で理解できないらしく、身を乗り出したまま熱斗を怒鳴りつけた。

「分からないだと!? 俺にはお前のその感覚の方が分からないな!!」

そして炎山は、ビシィッと効果音の鳴りそうな勢いで熱斗に人差し指を向ける。
普段は礼儀に関して疎い方であり、現在も酷く行儀の悪い座り方をしている熱斗がそれに対して

「炎山、人に指差すなって教わって無いか?」

とほぼ揚げ足取りのように言ったが、炎山はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに熱斗の言葉を無視して話――演説を続けた。

「俺は見てきたんだ、ビヨンダードで、あの桃色の百合が咲き乱れる楽園をッ!! だからこそ俺はその楽園の姿の追及を決めたッ!! そう、つまりは桜井 メイルとロール.EXEという百合色の恋人同士の穏やかに深く甘美な香り漂う世界を!!」
「何言ってんだか全然わかんねぇよ、この馬鹿野郎。」

炎山の語尾は一々語気が強く、それが炎山にとって何か重要である事は間違いないのだろうと分かる。
が、しかし熱斗からしてみればそれは熱に浮かされた病人も呆れ返る程の意味不明な発言であり、寝言は寝て言えという言葉すら出そうになる程馬鹿馬鹿しい発言であった。
それもそのはず、熱斗には“炎山が何を言いたいのか”はなんとか理解できたものの、“何故そんな結論に至ったのか”は全く理解できないのだ。

そう、熱斗には、炎山はもっているある概念が欠けている。
……それが間違いなのか正しいのかは、此処では明言せずにおきたい。
ともかく、炎山が何を言いたかったのかだけはギリギリで理解できた熱斗は、もう一度大きな溜息をついて、今度は背中をパイプ椅子の背もたれに預け、まるでダークロックマンのように足を組んでから言った。

「あのさぁ、メイルちゃんとロールが恋人同士とか百合色とか、お前は一体何を言ってるんだよ? さっきから話が全然見えないんだけど。」

呆れを通り越して苛立ちを覚え始めた熱斗は左手の人差し指でパイプ椅子の端を軽くつつき、明らかに苛立っています、訳のわからない事で時間を取らせるな、というアピールをして見せながら続ける。

「大体さ、俺、重大な話があるって呼ばれたはずなんだけど、」

熱斗がそこまで言った時、既に目を大きく見開いていた炎山が更に力を入れて目を見開き、遂に目の前の机に片足をドンっと大きな音を立てて乗せ、熱斗の言葉をさえぎった。
この、熱斗の行儀の悪さを越える行儀の悪い炎山という異常な事態に、さすがの熱斗も少し驚いたのか軽く目を見張ったが、やはり炎山の演説が再開されるとその目を普通に戻す、どころかじっとりとして不機嫌な視線に戻すこととなる。
机に片足を乗せ、よく見るともう片方の足を黒い副社長用の椅子の上に乗せている炎山は、大きな声で言い切った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ