短編:1

□君だけ見てる、僕を見て。
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それはまだ、小学生には少しだけ早いかもしれない朝の事。
とある家の一室で、青と白をメインカラーとしたPETが、一般的な寝起きの良い人間なら誰でも気付くであろう音量でアラーム音をさせ始めた。
静かな室内に響くこのアラームは、数十秒ずつの感覚で大きくなる設定がされており、今既にアラームの音量は三段階目まで上がっているのだが、それでもこの部屋の主は起きる気配を見せない。
その気配を察し、青と白をメインカラーとしたPETの中の住人は、昨日は少し遅くまで彼に宿題を頑張らせたのは自分だと知っている、けれどもだからと言って寝坊を見過ごすわけにはいかない、オペレーターの生活習慣が崩れないようにするのもネットナビの役目なのだから、と思う。
そしてその建前の裏で密かに、彼が学校に行く意欲が薄くとも、そんな事は関係なく、自分は早く学校に行きたい、とも思った。

様々な思惑を抱えてPETの中の住人――ロックマンは一旦アラームを止め、一呼吸置いて、できるだけ息を吸い込んでからPETのスピーカーが壊れそうな音量で叫ぶ。

「起きろぉぉぉおお!! 光 熱斗ぉぉぉぉおおお!!」
「うああっ!?」

ロックマンが叫ぶと、それまでのアラームには僅かな反応も示さずにすやすやと眠っていた部屋の主――熱斗は、まるでギャグ漫画のようにすっとんきょうな声をもらしながら飛び起きた。
それを確認して、ロックマンは一瞬だけ口に満足そうな笑みの形を浮かべる。
しかし次の瞬間、一応は飛び起きた熱斗がそれから次の行動に移れずにただ呆然と前方を眺めている事実を確認すると、ロックマンの口から笑みは消え、明らかに不機嫌で不満げな表情が浮かび上がってきた。
驚愕の余韻が抜けず、呆然と前方を見つめて目をぱちくりとさせる熱斗へ、ロックマンは溜息をつきながら言う。

「はぁ……もう、目は覚めたでしょ? ほら、早くリビングに行きなよ。きっともう朝食も出来てるよ。」

その声に反応してPET画面へと視線を向けた熱斗が見た物は、明らかに不機嫌そうで、苛立ちすら溜めこんでいそうなロックマンの表情であった。
ふと、熱斗の脳裏を違和感が駆け抜ける。

「あぁ、うん……。」

不機嫌そうなロックマンへ、無言で視線を向ける熱斗は、とりあえずは小さな返事をして、ベッドの中から抜け出した。
外はまだ静かで気温も高くないという状況に気付いてハッとして、壁にかけたアナログ時計を見た熱斗は“またなのか”と思い溜息を吐く。
また、遅刻ギリギリには程遠い時間に怒声で起こされたのか、と。

それは別におかしなことではないのかもしれない事は、熱斗自身も十分承知していた。
寝起きの悪い自分をロックマンが大声で起こす、それはもう随分前から繰り返してきたことであって、今更どうこう言うような問題で無い、それは分かっている。
だから、たとえば自分が感じた違和感を母親――はる香や父親――祐一朗に相談したところで、一人で起きれない熱斗が悪い、ロックマンが不機嫌になるのは仕方が無い、むしろ不機嫌にならない方が不思議だ、と返されるであろうことは、何と無く予想している。
確かに、自分の寝起きの悪さにロックマンが随分前、最初の頃から苦心している事も熱斗は知っている。
しかし、

「熱斗くん、何ぼーっとしてるの。早く下に行ってきなってば。」

その最初の頃の苦心ゆえの不機嫌を越えた不機嫌を見せるロックマンを見て、熱斗はやはり“何かが違う、これはただの俺のせいだけじゃ無いような……”と思うのであった。
勿論、ロックマンが本当に熱斗の怠慢に呆れている可能性も、熱斗は捨てきってはいない。
しかし、時計を見る限り遅刻の心配はないというのに酷く急かされている、というのは最初の頃やつい数ヶ月前までは見られなかった現象で、熱斗はそこに“自分の寝起きの悪さのせいではない何か”があるような気がして仕方が無くなっているのだ。

「ほら、早く行きなってば!」

そうしてスッキリしない何かを抱えながらも、ロックマンがあまりに急かすのでそれが面倒になってきた熱斗は渋々といったようすで部屋を出て、リビングへ続く階段を下りはじめた。
パジャマにはポケットが付いていないので、PETは机の上の充電器の上に置いたままにしておく。

熱斗が自室を出て階段を下りはじめるその様子を、ロックマンはしばしの間PETの外の音を聞いて窺っていた。
そして熱斗の足音がPETでは音を拾えない程度に遠くへ離れた事を確認すると、近くに表示していた時計画面に目を向け、時刻を確認すると最初のように満足げに笑う。
AM6:35――午前六時三十五分、それが今日の熱斗の起床時刻となった。
そしてロックマンは気の早い事に、学校についてからの自分の行動を思案しはじめるのだ。
ロックマンはどうしてこんなにも熱斗を早く叩き起こすのか、その理由もそこにある。

遅刻ばかりする熱斗はいつもホームルームは途中入場で、頭からきちんと受けている日は少ない。
ロックマンはそれによるある弊害に小さな苛立ちを募らせ続けていたのだ。

いつもホームルームには間に合わないか、間に合ったとしても数秒しか余裕が無いという酷くギリギリのセーフ、そればかりを繰り返す熱斗が稀にホームルームより随分早く学校に着く事ができた日にだけ訪れる、ロックマンの至福の時間。
ホームルーム前に教室についたら一番に挨拶をしたい相手を想い浮かべると自然に笑みがこぼれた。
自分に向けて挨拶をしてくれた昨日の相手――ロールのことを思い出す、そして今日も同じように挨拶をしてくれると信じて今日の彼女を昨日までの記憶を元に想像、思い浮かべる。
元気で可愛らしい笑顔、好意に満ちた視線、縮まる距離、明るい挨拶の声……それらを想像して、ロックマンは幸せな気分に浸るのである。
そして、その幸せをいつでも感じたくて、自分は今頑張っているということを自覚する。

そう、熱斗の推測――ロックマンが今非常に不機嫌になりやすい理由は熱斗の怠慢だけではない、という考えは正しかったのだ。

それからしばらくの間ロックマンは記憶の中の幸せに浸っていたが、ふと時計を見てそろそろ熱斗が自室に戻ってくる時間である事を確認すると、その表情を無表情に戻す努力を始めた。
幸せには笑顔がつきものだから、自分が笑顔になってしまうのは仕方が無い、それが自然なのだ、と思う自分もいるのは確かだったが、それでもロックマンはこの表情と感情――ロールへの好意をを熱斗に気味悪く思われるのは嫌なのだ。
だからロックマンは自分の表情を一般的な無表情で安定させようとする、が、少しでもロールの事を考えると自然と笑顔が勝ってしまい、なかなか上手くいかない。
それならロールの事を考えなければいい、というのはロックマンもなんとなく解っているのだが、それでもロックマンにとって、自分がロールの事を自分から忘れようとするなどという行為は考えられないに等しい程唾棄すべき行為であり、どうにもしたいとは思えないのであった。

そうこうしている内に、外の階段からまた足音が聞こえ始めた。
熱斗が朝食を終えて戻ってきたのだ。
足音が部屋の中へと入ってくる。

「ロックマーン、今朝食終わったから、」

自室に入ると少し間延びした声で気だるげに告げる熱斗に、ロックマンは少し焦って視線を向けた。

「え、あぁ、わかったよ。」

ああまた表情を落ち着かせる前に熱斗が戻ってきてしまった、とロックマンは僅かに後悔したものの、それでも幸せそうな笑顔は隠せず、先ほどまでの不機嫌が嘘のようなそれを見た熱斗はまた酷い違和感と不安を抱くのであった。
ロックマンは一体どうしてしまったというのだろう、と。
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