10/19の日記

15:27
※ / 渇望と絶望の狭間で ―2.絶望し終えた殺人鬼との対談― / シリアス / 未彩、満、ロンナ
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【渇望と絶望の狭間で ―2.絶望し終えた殺人鬼との対談―】

それは、まだ見ぬ未来の欠片のお話。


発端は、未彩が相変わらず何のアポも取らずに科学省へ訪れ、昔よく使っていた会議室に訪れた事だった。

時刻は午後五時過ぎ、落ちるのが早くなった太陽は早くもその姿を地上に隠し始めている、そんな時間に科学省に訪れるのが未彩は好きだった。
理由は、運が良ければ熱斗と会って話し、自分はまだ他人と関わる能力を持っている事を確認できるからである。
基本的に大学では口を開かない未彩にとって、熱斗とと話す時間だけが、まだ自分は他人と関われる、という事を実感できる時間なのだ。
最後に科学省を訪れたのは二週間ほど前だったか、ともかく前回熱斗に会ってからそこそこの間を開けて科学省へやってきた未彩は、いつものように受け付けに軽く挨拶をしてからエレベーターに乗り込み、昔使っていた会議室の前へと向かい、その扉の横についている新品のカードリーダーに使い古したオフィシャルライセンスをリードさせて自動ドアを開いた。
するとそこには昔の面影がまだ残っているが、昔の仲間たちの姿はすでに無い寂しげな部屋が広がっている、ハズだった、のだが。

「あ。」

ドアが開いて会議室の中の様子が見えるなり、未彩は少し間抜けなひらがな一文字を普段は使われないその口から漏らした。
いつ来ても誰もいなかった会議室に、今日は珍しく人間がいる。
未彩のどこか間抜けな声は、それに驚いたために漏れたものだ。
それが合図となったのか、未彩の視線の先、会議室の奥でパイプ椅子に座っていた珍しい先客が顔を上げる。

「あ、未彩ちゃん?」

黒く短い髪、水色の目、紺色のスーツ、赤黒いネクタイという要素を纏ったそれは、在りし日には汚れた血の二人目の殺人鬼として世間を騒がせていた男性、藤咲 満であった。
満も未彩の存在に驚いたのか、一瞬未彩と同じような声を漏らしたが、未彩は人間がいるという事実に気を取られて咄嗟に言葉が出なかったのに対し、満はすぐに訪問者が未彩であることを理解し、その事実を確かめるように未彩の名を呼んだ。
僅かな間といえど、大きな困惑に襲われていた未彩はそれでふと現実に引き戻される。

「え、あ、はい、そうです。」

現実に引き戻されると言ってもやはり突然の出来事への困惑は抜けないのか、未彩の返事は少しためらい気味のものだった。
ずいぶんと長い間、熱斗かロンナとしか話していなかった未彩は、こんな突然で滅多にない再会にどういう反応を見せたらいいのかわからないのだ。
何か、何か言わなくてはならないのだろうと思うも、何を言えばいいのかがわからない。
あの、だとか、その、だとかいう言葉さえ出せないままで、未彩は棒立ちになるしかなかった。
混乱する脳の隅で、このまま何事もなかった振りをして帰ってしまおうかという考えが浮かぶ。
そうして未彩が右足を後ろへ退かせてドアから離れようとした瞬間、

「入りなよ、どうせ僕しかいないから。」

それまで黙って未彩の様子を観察していた満が未彩に会議室の中へと入るよう促してきた。
それは多分強制ではなかっただろうが、そう言われてしまうと引くに引けなくなる、というか、それを無難に拒否する言い訳を知らない未彩は、数分して熱斗が来なかったら何か理由をつけて帰ろうと思いながら会議室内に足を踏み入れる。
一歩一歩、ゆっくりと、満の顔色でも窺うかの様に慎重に歩いていると、視線の先で満が近くのテーブルの下に仕舞われていたパイプ椅子を小さなカタンッという音を立てながら引っ張り出した。
此処に座れ、という事なのだろうか? と未彩は思った。
そして、正直嬉しくないなと思いつつ、満の近くへと足を進める。
途中、ふと、本当にそういう事なのだろうか? ただ単にそこに荷物を置こうとしているとか、そういう事ではないのだろうか、座れと言われているというのは自分の自意識過剰ではないのだろうかと心配になった未彩はそっと満の様子を窺った。
すると満の視線は未彩に向けられていて、未彩は何かギクリとするような緊張感を覚えた。
それは腹黒い事を言っている時のロンナを前にしている時の緊張感に何処か似ていて、正直この人は苦手だ、と未彩は思う。
ロンナも度々そうなるのだが、この男性、つまり満も時より人の中身を覗くような目で人を見てくる時がある。
熱斗や真波の目には無い、相手を観察しているようなその目が、未彩は少し恐いのだ。

ともかくだ、満が椅子を引いた訳は未彩に座ってもらうためと考えてほぼ間違いなくなった訳であるから、未彩は気が進まないながらも足を進めてその引き出された椅子に近寄り、自分が座りやすいように位置を少し直してからその椅子に座った。
古いパイプ椅子は僅かに軋むような音を立てる。
未彩が椅子に座り肩にかけていた荷物を机の上においた時、満の方が口を開いた。

「かなり久しぶりだね。元気にしてた?」

未彩は一瞬かたまって挙動不審になりながらも返事をする。

「あ、はい、まあまあです。」

それはお互い適当に笑いながらの社交辞令で、未彩は少し居心地が悪いような微妙な空気を感じた。
元々、未彩と満は特別仲が良い訳ではない、というかそもそも、満は仲の良い人間をつくらない。
だから、久しぶりに会ったからと言って話す事など特に無いのだ。
さて、隣に座ったはいいがどうしたものか、と未彩が悩んでいると、意外にも満の方が口を開く。

「今日は何をしにここへ来たの?」

突然の問いかけに、未彩はどう答えるべきか酷く迷った。
まさか、約束もしていないというのに“熱斗に会いに来た”などと言える訳もなく、未彩は俯いて沈黙する。
突き刺さる満の視線の気配が痛い。
どうしよう、何か他に言えそうな理由は……と考えていると、未彩の肩の上にロンナが現れた。
僅かな音でそれに気づいた未彩はまさかと思いロンナにPETへ戻るよう命じようとしたが時すでに遅し。

「未彩ったらね、約束した訳でもないのに熱斗くんに会えると思って科学省に通ってるんだよ、笑っちゃうよね!」

未彩が隠していたかった、科学省へ来た理由を、ロンナはいとも簡単に満へ明かしてしまった。
満が、へぇー、とでも言いたげな、意外そうなものを見るような顔で未彩を見ている。
未彩は、いつも通りニコニコしているロンナに、どうしてお前はそう肝心な事をホイホイ話してしまうんだと言いたげな、恥ずかしさと怒りと焦りに満ちた視線を向けたが、その程度でロンナが怯む事は無い。
相変わらずの涼しげな笑顔に、未彩は膝の上で拳を握り締めた後、僅かに肩を震わせてから、崩れ落ちるように目の前のテーブルへうつ伏せた。
隣に満の小さな笑い声が聞こえる。

「アハハ、そっか、君も熱斗くん関連か。」

君も、という事は満も熱斗に会いに来たという事なのだろうか? と疑問に感じた未彩は恥ずかしさを堪えながらゆっくりと身体を起こして顔を上げた。
ロンナはいつの間にか机の上に立っているし、満もいつもの人当たりの良さそうな表情で此方を見ている。
未彩の脳裏に再び恥の一文字が浮かび上がるが、未彩はそれを振り払って満に尋ねた。

「あんまり笑わないでください……それと、君も、とはどういう事で?」
「あぁ、うん、ほら、僕は保護観察というか、カウンセリングというか……まぁ、熱斗くんの方から強制されてるアレだよ。」

満は少し面倒くさそうに、話題に上がっている熱斗の事を小馬鹿にするような雰囲気で答えた。
ふぅ、と小さく溜息を吐く満の表情は、最初の人当たりの良さそうな笑顔とは全く別のものになっていて、それはまるで、何かを嫌悪している時の顔のようだった。
いや、むしろ満は実際に嫌悪しているのだろう、と未彩は思う。
そう、藤咲 満は光 熱斗を嫌悪して、憎悪している。
あの事件から既に十年近く――正確には八年が経過しているというのに、満の想いは全く変わっていない、変わる気配を見せない、それどころか満は自分が汚れた血の二番目の殺人鬼だということが周知の事実となった事で、その狂気性をわざわざ隠そうとしなくなった。
真波やマサナといった完全なる一般人にはまだ多少善人面を見せる満だが、未彩や熱斗、それからSearchといった、Dirty Blood事件にかかわった人間達には隠す事無く自分の歪な部分を見せるように、見せつけるようになったのだ。
証拠に、今未彩とロンナの前に居る満は本音を隠さない、熱斗を軽蔑する事に躊躇いを持たない。

「馬鹿みたいだよね、二十八年の中の大部分を使って作り上げられた歪みが、いや、その前から決まっていた異端の定めが、十年程度で変わる訳ないのに、さ。」
「そう、ですか。」

本来ならあのDirty Blood事件の中で命を落とすはずだった、Search=Darknessという親愛なる一番目の殺人鬼に殺されて終わるはずだった、それなのに……と満は今でも思っていて、それを阻止した光 熱斗を今でも怨んでいる。
そう、あの日、満とSearchの最終決戦ともいえるあの日、結局はSearchに一歩及ばず、脚や腹を撃たれて放置すれば死に至る状況に追い込まれたあの日、満はSearchに勝つ事が出来なかったのならそのままSearchに殺されるつもりでいて、Searchも満を殺すつもりでいた。
最期だからと懇願して、Searchに自身の血の味を覚えさせた満は、あと一撃でSearchに殺される事を覚悟していた、そうして終わる事に満足していた。
それなのに、刃が満の胸に刺さらんとしたその瞬間、遅れて到着した熱斗が大声を張り上げてSearchを静止させ、あろう事か救急車の手配までしてしまった為、満は多少の傷跡こそ残ったものの、生き残ってしまった。
しかも熱斗は、Searchに殺されないのなら代わりに殺してくれるだろうと思っていた司法さえ捻じ曲げて、満に言い渡されたであろう死刑判決を抹消し、保護観察に変えてしまったのだ。
その日から満は、熱斗による監視とカウンセリングの下で準一般人としての生活を許されて……いや、余儀なくされている。

そうして社会的に死ねない身となった満も今はもう三十六歳で、そろそろ中年と呼ばれてもおかしくない時期に入り始めていた。
同時に、同じくDirty Blood事件の生き残り――Searchとその父親、光闇 白夜も歳をとり、Searchは満と同じ三十六歳、白夜は六十八歳の老人となっている。
Searchは今でも高い身体能力と知力を維持し、時より立てこもり事件などの解決の前線に立っているらしい。
白夜はあの頃の償いになればという思いから、今でも科学省に現役で勤めている。
こちらは元々の性格が穏やかだったせいなのか、熱斗やその他一般の医師、また更に祐一朗などが参加したカウンセリングも満よりも短い三年程で終わっている。
それを考えると、最低でもあと二年、運が悪ければそれ以降も追加で保護観察期間が続く満は少し異様に見えるだろう。
今も昔も、この人はなかなかの変わりものだなと思いながら未彩が満の様子を窺っていると、満が少し大袈裟な、おどけた調子で再び口を開いた。

「あ、そうだ! 未彩ちゃんが熱斗くんに言っておいてよ、藤咲 満は更生の余地が見られないから死刑にするべきだ、って!」

唐突な提案に、未彩は一瞬ポカンとしてしまった。
満は先ほどの若干不機嫌そうな表情から一転、頭上に八分音符でも浮かんでいそうな程の楽しそうな表情になっている。
ついでに机の上でロンナがクスクスと小さく笑っている。

「え? ……あの、いや、どうして俺が……。」

自分には正直全く関係の無い事では? と思った未彩は、暗に拒否を表した戸惑いの言葉を苦い表情で口にした。
相変わらず机の上ではロンナが小さく笑っている、それはまるで、未彩の戸惑いを楽しんでいるかのようで、未彩は密かにそれを不快に思った。
ロンナへの不快感と満への戸惑いが混ざった顔で視線を泳がせていると、満が少し気だるげに口を開く。

「だってさぁー、熱斗くんったらさぁー、僕が何を言っても聞き入れてくれないんだもん。いっつもいっつも、僕の事は自分が更生させてみせるって顔しちゃってさ、もう鬱陶しいったらありゃしないよ。」

もう熱斗と関わるのは面倒くさいんだ、とでも言いたげな満の言葉と、拗ねた子供のような態度に、未彩は微かな苛立ちと、羨ましさを感じた。
嗚呼彼は、満は、面倒くさくなるほどに熱斗に構われているのか、と思うと、こうして科学省に来てみなければ挨拶すら交わせない、いや来てみた所で会えるとは限らない自分の立場が少し悔しくなる。
自分も満も、熱斗の知人という意味では同じ立場のはずなのに、どうしてこんなにも差ができてしまうのか、未彩には分からない。
いつの間にか未彩の表情はただの困惑ではなく、何かに耐えている様な、少し不機嫌そうなものへと変わっていた。
ついでに、ロンナの表情も少し嫌味ったらしいニヤニヤとした、あーあ、とでも言いたげな表情に変わっている。
それは未彩にそんな表情をさせた満に向けた表情なのか、それとも満の何げない一言に過剰反応している未彩に向けた表情なのか、はたまたそれら両方へ向けた表情なのか、それはまだ分からない。
未彩が返す言葉を思い付けずに沈黙していると、満がポソリと、

「……羨ましい?」

と訊いてきた。
未彩は驚いて満に視線を向け直す。
すると満はこれまでに見せてきたどの表情とも違う、形こそは微笑みなのに、どこか陰りのある表情――ロンナもよくやる相手の中身を覗き見る時の表情を見せていた。
全身にぞわりと伝わる悪寒はこれ以上此処にいてはいけないという警鐘か、ともかく未彩は心臓を掴まれるような苦しさを覚えながらそれから逃れようと黙って席を立つ、が、

「待って。」

その場から離れようと身体の向きを変えた瞬間、満に服の裾を掴まれ静止された。
普段他人に関心が無いこの人に呼び止められるなんて、どういうことだ、と不穏に思いながら恐る恐る背後にいる満に振り返ると、満の表情からは笑みが抜け落ちていて、いよいよ冗談で引きとめている訳ではないという事が伝わってきた。
熱斗や真波達からは見る事が出来ない真剣そのもので陰のある表情に、逆らうべきではないと本能的に感じた未彩はゆっくりと席に座りなおし、尋ねる。

「……なんでしょうか。」

それは緊張か、それとも恐怖か、未彩の声はどこかぎこちなく、突き放したような冷たさと固さをもっていた。
もしも相手が熱斗やロックマンだったなら、未彩は今不機嫌なのだと判断して、それ以上の追及を諦める事だろう。
しかし不運な事に、今未彩の隣にいるのは熱斗でもロックマンでも、はたまたメイルでもデカオでも透でもやいとでも真波でもマサナでも秋斗でも優斗でも冷亜でもリエイでも実由斗でも風美でも雪菜でもSearchでもAriaでもなく、藤咲 満だ。
普段は他人に大した興味を見せない満だが、その一方で一度興味を示したものには遠慮無しに踏み込んでいく一面がある事を、未彩は知っている。
だが、分からないのは、何故Searchとは程遠い所にいるはずの、熱斗や真波と近い場所に居る筈の、自分が、未彩が、興味を持たれたのかだ。
未彩の冷たく不機嫌そうな声を聞いても、満は引き下がらない。

「未彩ちゃん、今、苛立ってたよね? どうして?」 
「どうしてって……」

どうして、なんて、貴方が一番良く分かっているのでは? という言葉を、未彩はギリギリの所で飲み込み、溜息に変えた。
そして横目で満の表情を窺う。
満は年下である未彩に無愛想な態度をとられたにも関わらず、憤りの欠片も無くただ静寂だけを守る真剣さと、でもどこか憐憫の漂う表情をしていて、未彩はその意味が上手く読みとれずに、表面上は突き放すような態度を取りながらもその内側で困惑する。
この人は、何を言いたくて自分を引き留めてきたのだろう? 分からない、その探るような目が怖い、貴方に探られるべき場所など、自分には無いはずだというのに……などと考えて沈黙していると、満の方がその沈黙を破った。

「……嫉妬、かな? やっぱり。」

掴まれたままの心臓が、ビシャリと生温かい音を立てて破裂した様な感覚が、未彩を襲う。
破裂した心臓から飛び散った血液が、体中に染みわたるような感覚、悪寒。
本当に破裂をする代わりと言わんばかりに強く脈打つ鼓動が、動悸が、それこそ鬱陶しくてたまらない。
知らず知らずのうちに目を見開いていた未彩を見て、満は小さく口の端だけで笑って、

「当たりみたいだね。」

と言った。
ロンナが感心した様な顔で満を見ている。
未彩はもう、何を言っていいか分からなかった。
頭の中が白とも黒とも言えない、ただただ続く困惑に支配され始める、そんな未彩に、満は言葉を続ける。

「そうか、君は、自分から求めているんだね、熱斗くんの事を。だから、求めないのに与えられている僕が憎たらしかった……そうでしょ?」

沈黙は否定か、それとも肯定か。
未彩は、はいともいいえとも言えず、呆然と満の顔を見ていた。
口が渇いて、鼻の奥にツンとした痛みが走る。
自分が、熱斗を、求めている?
それが信じられなくて、いや、信じたくなくて、未彩は必死に言い訳を考えた。
違う、自分は、ただ少し暇だから、だからその暇つぶしで此処に来ているだけなんだ、別に熱斗に会う事が出来なくても問題は無いんだ、そう言いたいのに、口が動かない。
それは、その言い訳が真実に程遠いと自分で分かっているせいなのだろうか?
そんな未彩の混乱をよそに、満は話を進める。

「でも安心していいよ、熱斗くんは別に僕が好きだから傍にいる訳じゃない。アレはただの正義感。僕という殺人鬼――犯罪者を更生させようっていう義務感だから。この保護観察さえ終われば、熱斗くんはきっと僕を忘れていくよ。」
「……どうして、そう、言い切れるんですか。」

それはどんな意味を含んでいたのだろう、後になって、未彩は自分の言葉に様々過ぎる意味が含まれていて、自分でも解読できない事態に陥っていた事に気が付く事となる。
ともかく、未彩は満に、どうして熱斗は満を好いていないと言い切れるのか、どうして熱斗は満を忘れていくと言い切れるのか、と問いかけた。
すると満は、殊更楽しそうに、しかし最初の方で見せた八分音符の見えそうな明るい笑みではなく、かつての汚れた血の二番目の殺人鬼としての表情のような暗い笑みを見せる。
真波達の前では見せない、藤咲 満の本当の笑顔、本性、裏の顔、それら全てが今ここにある。
何を言われる事かと僅かに身構える未彩に、満は答えた。

「それはね、僕という異端は、この世の何処に行ってもその場に馴染めず、好かれず、無色透明な存在としてすら扱ってもらえず、そしてどう足掻いても最後には必ず嫌われる事が決まっているからだよ。」

未彩はその言葉の意味を理解しきれず、沈黙した。
この世の異端? 無色透明な存在? そんな聞いた事の無いような単語が多く飛び出したからというのもあったが何より理解し難かったのは、最後には必ず嫌われる事が決まっている、という所だった。
満からすれば熱斗が満を好いているように見えないのかもしれない、義務で関わっているように見えるのかもしれない、けれど、未彩から見れば熱斗は満をまるで弟か何かのように思っているように見えていたからだ。
そうでなければ、所詮は犯罪者で、しかも殺人犯の満を、Searchによる殺害からも死刑による終焉からも守る理由など無いはず、なのに満はそんな事を言う。
未彩には理解できなかった。

「……俺はそうは思いませんが。」

未彩が反論した瞬間、ほんの一瞬だったが、満の眼が凍るような冷たさを帯びた。
もしや自分は何か地雷のようなものを踏んでしまったのかと感じた未彩は僅かに身構える。
未彩の視線の先に居る満の目からはもう凍るような冷たさは無くなっているが、代わりに君が悪い程優しい笑顔を浮かべながら、満は、

「……そう? じゃあ、未彩ちゃんは僕の事、好き?」

と訊いてきた。
未彩は、正直な所苦手だと思っている、という本音を隠したくて、でも好きだという嘘を吐く事も出来なくて、逃げ場と言い訳を求めるように視線を泳がせる。
それを察知したのか、ロンナがまた小さく笑いだした。
満も、クスクスと悪戯っぽく笑っている。
そう、顔こそは笑顔なのに、言う事が酷く毒素にまみれているから、この二人は恐ろしいのだと未彩は思う。
そしてその未彩の思いを肯定するかのように、満がこれ以上ない綺麗な笑顔で再び口を開いた。

「ほらね? 好きとも、どうでもいいとも言えないでしょ? 苦手とか、嫌いとか、そんな感想が浮かんだんでしょ? ね? だから言ったでしょ? 僕の定めは嫌われる事にあるって。僕が僕である限り、それは永遠だ。」

未彩はいよいよ何も言い返せなくなって、視線を満からテーブルへと、逃げるように移動させた。
満の話は、未彩の理解の限度を超えている。
テーブルに向けた視界の端に見えるロンナは満と同じく優しい笑顔をしているが、その思考回路の中はきっと、やはり満と同じような黒々とした意見で埋め尽くされているのだろう。
逃げ場が無い……と思いながら未彩が気まずそうな顔をしていると、満が急にクスクスと笑い始め、

「まぁ、僕はもうそれでいいと思ってるから、別にいいんだけどね。ほら、僕ってやっぱり殺人鬼だし、一方的とはいえSearchちゃんの傍にいられればそれでいいかなーって思ってるしね。」

と、自分はそれで構わないという事を証言してから、

「問題は、君の方じゃないかな?」

と言った。
テーブルに視線を向けていた未彩の目が一瞬見開かれ、すぐに細められて悔しげな鋭さを纏った。
未彩はゆっくりと視線を満に向けながら、満の言った事を脳内で反芻させる。
問題は君の方じゃないかな、という満の言葉はまるで、未彩に何か問題がある、もしくは未彩が満と同じ定めを背負っていると言っているかのようで、未彩は穏便とは言い難い、睨みをきかせた視線を満に向けて尋ねた。

「……それは、どういう意味で?」

未彩の刺すような視線は、これ以上おかしな事を言ったらただではおかないぞ、とでも言いたげであったが、満がそれに怯んだ様子は無い。
目を細めて睨みをきかせる未彩とは反対に、元々大きめで子供っぽい目をぱっちりと開いた一見人懐っこそうなキラキラした笑顔で、満は言う。

「前から思ってたんだけど、君、僕と同じだよね?」

未彩の目が更に鋭く細められたが、満は欠片も怯えない。
ロンナに至っては、これからの展開が楽しみだと言いたげな好奇心旺盛でワクワクとした表情をしている。
明らかに満を威嚇している未彩の視線を正面から受け止めつつ、満はその先を続けた。

「前は桜木 真波や旗見 マサナ、少院 秋斗なんかが近くにいたから確証には至らなかったけど……光 熱斗とリエイ=サイトしかいなくなった今なら、一定量の自信を持って言える。」

満はそこで一息置いて、笑み消した。
おそらく満が言いたい事はこの次に控えているのだろう。
そして、何を言うつもりなのだと身構える未彩に対して、真っ直ぐな視線を向けたまま告げる。

「……未彩ちゃん、君は僕やSearchちゃんと同じ、異端なんじゃないかな。」

一瞬、未彩の中の時間の流れが止まった。
いや、正直予想外ではなかった、多分そんな事を言われるのだろうと頭のどこかで分かっていた、と未彩は思う。
しかしその一方で、過去のキラキラとした思い出に縋っていたい、そして何より今も、誰かと共にありたいという願いを消しきれない未彩は満の言葉を跳ね返してしまいたく感じる。
何が異端だ、何が定めだ、そんな物自分には無い、だって、自分にはあんなにキラキラした思い出があるのだから、今だって自分は熱斗やリエイと関わっているのだから、だから違う、違う、違う、違う違う違う違う違う!!
未彩は酷く不機嫌そうな表情になりながら満から視線をそむけ、

「そんな事はありません!」

と怒鳴った。
しかしその怒鳴り声は満には最後の足掻きに見えたのか、満の僅かに細められた目には憐憫の静寂が沈んでいる。
未彩は満から視線を外していた為その憐れみの視線に気が付く事は無かったが、ロンナは未彩の表情と満の表情を交互に観察しており、面白くなってきた、とでも言いたげな顔で二人を見守っている。
それから数秒後、満は、未彩の既に破れた心の臓を更に破いてただの肉片に変えてしまう様な言葉を口にした。

「じゃあ、桜木 真波に連絡してみてよ。たしか、親友なんでしょ?」

僅かに突き放したような、いや突き刺すような、そう、まるで氷柱が耳の穴から鼓膜を突き破り脳にまで刺さったような気分がした未彩は、表情をこわばらせながらゆっくりと満へ振り向き直した。
満は未彩を憐れむ様な、それでいて軽蔑するような、どこか冷たい色の視線で未彩を見詰めている。
その冷たい視線と先ほど耳に刺さった氷柱のような言葉に凍えながら、未彩はそっとPETを出した。
満が一瞬意外そうな顔を見せたが、その次の瞬間、未彩はPETをポケットに仕舞い直してしまう。
そう、PETを取り出した所で、真波を呼び出せる訳など無い、それを未彩は既に知っている、だから、未彩は結局PETを仕舞い直すしかする事ができなかったのだ。
PETをポケットに仕舞い、膝の上に両手を置いたまま黙りこむ未彩へ、満が更なる注文をつける。

「桜木 真波は駄目? じゃあ旗見 マサナは?」

マサナなんて、真波よりも前に関係が途切れている、という一言を未彩はギリギリの所で飲み込んだ。
親友の名前にも、片思いの相手の名前にも沈黙しか返せない未彩をいよいよ怪しく思ったのか、それとも最初から予想の範囲内だったのか、それは分からないが、ともかく満はまた別の人物の名前をあげる。

「それじゃあ、紅剣院 冷亜は?」

数年前に冷亜に見限られ、それ以来冷亜と連絡のつかない未彩に返せるものは、沈黙だけだった。
満は更に未彩の知り合いの名前をあげる。

「少院 秋斗はどうなの?」

最後に交わしたのはサヨナラの四文字だけ、という事実が脳裏に蘇り、未彩の目が悔し涙に潤む。
だが満はそれにも構わず他の名前をあげ始めた。

「光野 優斗、青空 実由斗は? 確か葉暗 風美とか冬花 雪菜とかもいたよね?」

だが、満がどれだけ名前をあげようと、未彩が、その人なら……、と言う事は無い。
ただ沈黙だけを守る未彩に、満が少し呆れたような溜息を零す。

「……Search=Darkness、Aria=White。」

遂にあの殺人鬼と令嬢の名前まで出てきたが、それでも未彩は何も言えず、膝の上に置いた両手を見詰めて唇を噛むことしかできなかった。
満がまた溜息を吐く、その呆れかえった吐息が何故か怖くて、未彩は膝の上に載せた手をぎゅっと握りしめて身を固くする。
そんな、今にも逃げ出してしまいたそうな未彩を見る満の目に浮かぶのは軽蔑、ではなく、どちらかと言えば同情に近い憐れみだ。
呆れたような溜息は、もしかしたら未彩に早く自分の異質性に気付いてもらうための表現の一つなのかもしれない。
殺人鬼の名前と令嬢の名前まで言い切った満はそこで一息置いてから、残りの唯一連絡が取れる人間の名前を上げる。

「あとは……リエイ=サイト、光 熱斗ぐらいだよね、君の知人は。この二人のどちらかなら、さすがに連絡取れるよね? 君が僕と違うというのなら、なおさら。」

未彩にとって、リエイは今でもたまに連絡をくれる相手であり、熱斗はたまに顔をあわせて話す事ができる相手である事を満は知っていた。
だから満は、それらと連絡が取れるなら未彩は自分と同じ異端・異質・異形・異物では無いのかもしれないという意味を込めて最後に二人の名前をあげた。
逆に言えば、ここで未彩が真波やマサナの時と同じ反応をすれば、それは、未彩が満と同じ異端である事を示す証拠となってしまう。
それは、未彩も理解しているはずだった、はずだったのだがしかし、未彩には何も言わずに首を小さく左右に振ることしかできない。
満が今どんな表情をしているのか、それは未彩には見えなかった、いや、見るのが怖くて見る事が出来なかった。
代わりにロンナが見た満は、少し意外そうな、訳が分からないと言いたげでもあり、それでいて何処か納得した様な雰囲気も含む何とも複雑な表情をしている。
おそらく、意外だと言いたげな顔は演技で、納得したと言いたげな雰囲気が本音なのだろう。
ともかく満は、未彩の反応は理解できないと言いたげな態度で、

「え、どうして? だって君とリエイ=サイト、もしくは君と光 熱斗は友達なんじゃないの? 今でも繋がってるんじゃないの?」

と言った。
未彩はそんな満をチラリと横目で見て、満の態度は大いに気に障るが、わざと気に障る様にしているのだろうから此処で平静さを失ってはいけないと思って溜息を零し、少しの時間を置いてから、

「……わかりません。」

と答えて、視線を膝の上に戻した。
言うまでも無く、満はその理由を問いただす。

「どうして?」

問いただされた未彩にできる事はやはり沈黙だけだった。
しかし今度はその沈黙の中で、どうして自分はリエイもしくは熱斗と友達であるという自信が持てないのか、未彩はそれを思い出そうとして考えを巡らせ始める。
まず、自分に原因があるのではないかと思って、未彩はそこに考えを巡らせた。
例えば、未彩が本当は心のどこかでリエイや熱斗を嫌っている、という事があれば二人を友達だと認識できなくても無理は無い。
だが、未彩はその考えを即座に否定した。
もし自分がリエイを嫌いなら、何故忘れられないように、そして嫌われないようにメールをするのだろう? という疑問と、もし自分が熱斗を嫌いなら、何故今自分はこうして科学省に来ているのだろう、という疑問が湧いたからだ。
鬱陶しく思われて嫌われないが忘れられない程度にメールをするのはリエイに自分を忘れて欲しくないからで、熱斗に会いに科学省にくるのは熱斗と話す事が数少ない楽しみの一つだから。
もし自分がリエイや熱斗を嫌いなら、こんな感情は持たないだろう、そうだろう、と納得して未彩は次に考えを進める。

では、今自分が“友達”あるいは“友人”、更には“親友”という言葉に抱くイメージとはなんだろう。
温かい? 頼もしい? 楽しい? 確かな絆? ……いいや、どれも違う、違うんだ、と未彩は思った。
何故なら、未彩が友達という言葉を脳裏に思い浮かべた時、同時に思い浮んだ言葉は、“無意味”の三文字だったのだから。
だが未彩は、熱斗が会話をしてくれる事やリエイがメールをしてくれる事を無意味だと思った事は無い、むしろ常にありがたいと思っている、こんな自分と関わってくれてありがとうと思っている、なのにどうして? と考えた時、未彩の中学時代の記憶がふっと、風が吹くように未彩の思考を包む。
思い出したのは、真波の事である。
やはりこの今になっても真波の真意は分からないし、もう知る術も無いのだが、あれが一つの中間地点になったことは確かなのだろうと未彩は悲しく思う。
小学校高学年から中学一年生にかけての親友として共に過ごした時間を本物だと信じたい一方で、周囲の同級生から聞かされた“真波と未彩はそもそも親友ではない、真波は未彩を鬱陶しいと思っている”という言葉が突き刺さって消えてくれない。
もし、もしも真波自身からその言葉への否定を聴けたなら、と未彩は思うも、それは叶う事なく真波との関係は途切れてしまった。
それは、一時はそこに意味があると思った、事実があると思った言葉が唯のお飾りに変わった瞬間にも等しく、未彩はしばらくじんわりとした寂しさと悲しさが自分を支配するのが感じた、と記憶している。
そう、真波は未彩との間を本当の意味での“親友”と表すには覚悟が足りず、しかし未彩はその甘美な言葉を信じてしまい一人滑稽に踊りつづけていたのだ。
それでも薄いながらも関係が続いていた中学生の頃はまだ良いとしよう、その頃はまだなんだかんだで未彩は真波を親友だと思っていた、そう、未彩は思っていた、が、もしかしたらその時点ですでに、真波の気持ちは未彩から離れていたのかもしれない、真波は未彩を親友と思わなくなっていたのかもしれない、と思うと、未彩はそれでもなお自分は真波の親友だと信じ、胸を張っていた事実が恥ずかしくなってくるのだ。
そうなったらもう、未彩は疑心暗鬼にも似た状態から抜け出す事ができなくなって、少なくとも自分から誰かを“友達”だと公言する事が怖くなって。

嗚呼、そうか、と未彩は思った。

「……怖いんです、俺だけ、自分だけが相手と繋がっていると信じていて、実は相手にはそんな事は思われていない、それどころか嫌われているかもしれないと思うと、本当に相手を、リエイと熱斗を友達だと言っていいのかどうか、わからないんです。それに、例え友達だと言ってもらえたとしても、それが、それが本当に……」
「自分を受け入れてくれている、知ってくれているからとは限らない、……かな? 最近の子は大して相手を知らない内から友達だの親友だの言いだすからね。」

満の補足に、未彩は黙って頷いた。
同時に、また氷柱のように冷たく鋭い何かに鼓膜を突き破られて脳を刺された気がしたが、今度は表情をこわばらせる事は無く、少し悲しげな表情で膝の上に視線を向けたままだった。
そう、真波や冷亜、秋斗は、強くて頼りになるオフィシャルネットバトラーの未彩の事はよく知っていたが、弱くて頼りない精神をした普通の少女の未彩の事はよく知らなかったのだろう。
その上、未彩が抱える“重み”も知らなかったとくれば、いずれ去るのは目に見えていた事なのかもしれない。
満にこうして言われる前から、未彩はロンナにいつも言われている。

――未彩は他の子と違って“重い”んだから、普通の子と一緒にいられるなんて思わないほうがいいよ。――

その言葉を思い出して、未彩は、もしかして自分は本当に異端なんだろうか、と考え、背筋が少し冷えるのを感じた。
今でも正直その“重い”の意味はハッキリとは分からないのだが、ただなんとなく、自分は他とは少しだけ違うのかもしれないという恐怖だけは感じている。
特に、リエイにメールを出してみたくて仕方が無くなった時、ロンナにそう言われると心臓が握りつぶされるような思いがしてメールが出せなくなった事は、そう古い過去の記憶ではない。
だが、だからと言って自分が異端だと認めてしまったら、もう、普通の生活は送れなくなってしまう気がして、未彩はやはりそれを否定したいと願う。
どうしよう、どうしたら自分は異端ではないと、満と同じではないと証明できるのだろう、未彩は困り果ててしまった。
そんなふうに未彩が悩んでいると、満が納得したように口を開く。

「うん、そうか、やっぱりね。……未彩ちゃん、やっぱり君は僕と同じだよ。いや、正確にはタイプとしてはちょっと違うかもしれないけど、背負ってる物の結果はほとんど変わらないはずだ。」

ハッとして満の方へと振り向くと、満は未彩を憐れむような、そして何処か同情しているような、やや悲しげな表情をしていて、満のそんな珍しい表情に未彩は少し驚いた。
机の上のロンナも興味深そうな表情で満を見ている。
未彩が返答に困って黙っていると、満は何かを諭すように、普段よりも少し落ち着いた、しかし緊張感の漂う声音で未彩に告げる。

「君が実際にリエイ=サイトや光 熱斗に嫌われているかどうかは僕には分からないからそこはちょっと保留にしておくとして……でもね、さっき君が僕の補足に頷いてくれた事で、僕は確信したよ。君は、他の人には無い“重み”を抱えているってね。」

ロンナによく言われる言葉が満の口からも出てきた事で、未彩はいよいよ逃げ場を失い始めた。
ロンナ一人が言うだけなら、ロンナがそう感じるだけだろうという言い訳もできるが、ロンナ以外の人物――例えば此処では満にそう言われてしまっては、ロンナ以外の誰かも未彩を重いと思っている可能性を否定できなくなる。
そして、自分は一体何がどう重いというのか、それが分からなくて、知りたくなくて視線をやや伏せる未彩を正面から見つめながら、満は囁くように告げた。

「あのね、未彩ちゃん。普通はね、普通と呼ばれる人達はね、“受け入れられているかどうか”なんて考えずに友達をやっていけるんだよ。大して受け入れられてなくても、上辺だけでも構わないんだよ。でも、君は違う。受け入れられているかどうか心配って事は、相手に自分を受け入れて欲しいと思う事と同意義なんだよ。君は、相手の心を求め過ぎなんだ。それが君の重さで、君の異端さだ。」

未彩の中で何か、ガラスのようなものがパキンッと割れた音がした気がした。
自分が圧倒的に他人と違う所、それを目の前に突きつけられて、未彩はそれを凝視するかのように目を見開く。
その目に見えているのは、今までの自分の姿か、それともそんな自分と関わっていた周囲の姿か、もしくはその両方なのか。
おそらく真波やマサナ、秋斗や冷亜の事を思い出して困惑しているであろう未彩に、満は更に残酷で、けれど当たり前の事実を突きつける。

「……こう言っちゃ悪いけど、きっと、桜木 真波や旗見 マサナは別に君の事を求めてはいなかったんだと思うよ。ただ、君が桜木 真波や旗見 マサナを求めるからなんとなく傍にいただけで。もしこの予想が外れであの二人が君を求めているなら、どうして君の所にはメールの一通すら届かないのかな? どうして二人は君を求めてこないのかな? とても不思議じゃない? だから……」

だからきっと、君も結局独りになるという宿命を抱えている、と満が言おうとした時、未彩が椅子を蹴り飛ばすようにして勢いよく立ちあがり、机を両手で殴りつけた。
ガタンッというパイプ椅子が倒れる音と、ドンッという机が叩かれる音に、満が一瞬驚いて目を見開く。
立ちあがって机を殴りつけた、その未彩の両肩は小さく震えていた。
そして未彩は、満をキッと睨み付ける。
その目には、涙が浮かんでいた。

「違う……違う違う違う! あの頃は、あの頃は俺だってそんな事は考えずにやっていられたんだ! それに真波もマサナも他の奴等も俺と向き合ってくれた! だから、例え今が貴方の言う通りだとしても、あの頃は!」

飽く迄も自分はあの頃こそが真実だと考えている、そして自分は異端ではないし、真波やマサナ、秋斗や冷亜達も自分を求めてくれていた、という内容の事を、未彩は会議室の外にも聞こえそうなぐらい大きな声で満に叩きつけた。
未彩は、今この瞬間だけでなく過去の思い出まで否定して自分を異端扱いする満が許せなくて、同時に自分が異端だなどと認めたくなかったのだ。
満もこれはさすがに予想の範囲外だと言いたげな驚いた表情で目の前の状況を把握しようと目をぱちくりさせていたが、やがて先ほどのような落ち着いた無表情、いや、僅かに憐憫の沈み込む表情で溜息を吐いた。
怒りも苛立ちも無い静かな目で見詰められて、未彩は自分が怒鳴ってしまった事が少しだけ恥ずかしくなり、テーブルを叩いた拳を解く。
未彩が少しだけでも落ち付いた事を確認してから、満は再び口を開いた。

「……確かに、その頃はそうだったのかもしれないね。桜木 真波も、旗見 マサナも、君の事を友達だと思っていたかもしれないね。だけど……君が桜木 真波と旗見 マサナにとってさほど重要人物で無かった事実は、どう過去を思い出しても、多分、変えられないよ。」

そう言って口を閉じた満の視線は、これ以上ない程憐憫に満ちていて、未彩はようやく、この人は別に自分を悪く言いたい訳ではないのだろう、という事に気が付いた。
むしろ、同情してくれている、そこも気が付く事ができた、が、それ以上進む事が出来ない、満に対してこの手を握って離さないでくれと言う事など、できやしない。
それは満が排他的人間だからというよりも、未彩が伸ばした手を弾かれる事が怖くて躊躇しているからのようだった。
未彩はまだその事実に上手く気付けないが、満は口には出さないだけでその事実に気が付いている。
勿論、未彩のナビのロンナもだ。

しばしの間、三人の間には沈黙だけが寄り添っていたが、やがて満が溜息を吐いて未彩から視線を外し、少し遠くを見るようなぼんやりとした表情を見せながら、言った。

「まぁ……今はまだリエイ=サイトと光 熱斗は一応いてくれてるんだし、その二人を大切にしたら? 君が本当は異端じゃないのなら、もしくは完全な異端じゃなくて半異端ぐらいだとしたら、それぐらいは可能なはずだよ。」

そんな満に、未彩は少しさびしげな視線を向けながら尋ねる。

「……もし、それも出来なかったら?」
「その時は、また僕の話を聴きにおいでよ。これでも異端の先輩だからね、君がこの先、できるだけ楽に生きていく為の極意ぐらいは教えてあげられると思うよ。例えば僕の場合は、嫌われるのは宿命だから足掻いたって仕方が無い、最初から相手が自分を好くかもなんて感情は捨てておけばいい、とかね。」

自分を例にとって異端の極意の一部を教えてくれた満は何故か楽しそうな笑顔をしていたが、未彩にはどうにもそれが本心からの笑みに見えなかった。
だが、演技というにもまた違う気もして、もしかしたら満はそうして考え続ける事で本心と演技が同じになってしまったのではないかと未彩は思う。
それは何故か自分の未来の姿にも見えて、未彩はその想像を振り払うように頭を小さく左右に振った。
そして此方は演技だと言い聞かせながら少し笑って、

「貴方って、本当にマイナス思考ですよね。」

と言うと、満は一層楽しそうに笑って、

「そりゃあもう、後ろ向きに全力疾走してるよ、うん。でも、変にプラスに考えて失敗して嫌われて、裏切られたとか思って怨むよりはずっと気楽だと思わない?」

と訊き返してきた。
未彩はそんな満に僅かな寂しさを感じながら苦笑して、

「俺にはまだ分かりません。」

とだけ告げた。
満が、そうだよねー、などと言って笑う声が聞こえる。
机の上のロンナが、それすらもまだまだだと思っていそうな笑顔でクスクスと笑う声も聞こえた。
そして未彩は鞄の上に置いた鞄を肩にかけ直し、蹴り倒したパイプ椅子を元の位置に戻すと、

「では、俺はこれで。」

とだけ言って会議室の出入り口の扉へと歩き出した。
未彩のPETの中にロンナが戻る。
後ろで満が、

「うん、またね。」

と言ったのが聞こえる。
それを聞いて、嗚呼やはり満は此方の事を異端だと思っているのだな、だからいつかもう一度話を聞きに来ると思って“またね”と言ったのだな、と未彩は感じた。
それに対して未彩は、できればもう会いたくありませんね、と思ったが、口で言うのは失礼過ぎるので一応頭の中だけに留めておく。
まぁ、満ならそれぐらいは笑顔で頷いてくれそうな気がするが……と思いながら会議室のドアの前に立つ。
そして未彩はシューっと音を立てて開いた自動ドアを抜けて、廊下の奥に進んだ。
未彩がドアの近くを離れ、自動ドアが閉まると、満は誰に言うでもなく呟く。

「いつか、ハッキリするといいね、君の定めが、ね。」


Continued on next story.

◆◇

満という未彩以上にぶっ飛んでいるキャラを出す事で、未彩がいかに一般的思想で生きていて、しかし宿命は満と同類で、その矛盾に苦しんでいるかを表現したかった一作……と言いつつ未彩も普通に異端だったというオチで、描いてる間にどんどん方向性が意味不明な方向に……。
何処までがノンフィクションで何処からがフィクションなのかは想像にお任せで、書いてる俺が満に近いのか未彩に近いのかも想像にお任せ。
本当は未彩がリエイに“嫌われない程度に”メールをする理由まで突き詰めて書きたかったのだが、キャラの人数上、上手く書く事が出来なかったのでこれはまた別の枠の話に書こうと思う。

絶望まで、あと2回。

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