06/27の日記

20:13
※ / 死ねばいいのは何方だろうか / シリアス / 未彩、ロンナ
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【死ねばいいのは何方だろうか】

それは、ある日の午後のお話。

その時、未彩は自室の中で愛用のノートパソコンに向かい合っていた。
パソコンの隣ではロンナが、他にする事も無いから、とでも言いたげに退屈そうな、特に興味はなさそうな顔で画面を覗き込んでいる。
未彩の家での、いつもの光景だ。

昨日ダウンロードしたばかりのフリーゲームを完全クリアし終えた未彩は今、インターネットを閲覧している。
特にこれと言って特別興味を惹くページがあるという訳ではないのだが、未彩には暇があるとインターネットを覗いてしまう癖があった。
とりあえず、たまに連絡を取るリエイのツブヤイターを見てから一度ブラウザを閉じ、またブラウザを立ち上げて自分のホームページの編集ページを見て、またブラウザを閉じたと思ったらもう一度ブラウザを立ち上げて適当なページを観る、その繰り返し。
そんな繰り返しの中で、未彩はふとある事を思い出した。

――そういえば、秋斗は生きているのだろうか。――

ふと思い出すにはだいぶ重い話題のような気がするが、そこは触れずにおこう。

秋斗とは、未彩が高校三年生の五月ごろまで交流があった相手の事である。
秋斗は生まれつきあまり良いとは言えない家庭環境の中におり、両親からも祖父母からも見放された孤独な少女であった。
そして常に死への願望に苛まれており、未彩はそんな秋斗を励まし、少しでも延命させようと必死になっていた時期がある。
ある時には未彩が秋斗に“死なないでほしい”と言い、それに対して秋斗は“貴女を愛している”と言った、そんな関係だった。
だが、そんな関係も永遠には続かず、未彩が高校留年を、秋斗が進学断念を決めた時、その関係に綻びが生じ始めたのだ。
未彩はその頃、秋斗よりも軽い環境にいるくせに死にたがりの自分に嫌気がさしており、なるべく物事を楽観的にとらえようと必死になっていて、留年する事も、テストの点数が悪い事も、全て開き直って過ごしていた。
しかし、秋斗はそんな未彩の態度が気に入らなかったらしく、未彩のメールに対しての愚痴をホームページ上で公開した。
それを見た未彩はこれまたそんな秋斗の態度が気に入らなかったのか、それならば、と言わんばかりに、“サヨナラ”の四文字だけをメールで秋斗に寄越して秋斗から離れた。
そしてそれ以降、未彩と秋斗は連絡を取らなくなった、それが未彩が高校三年生の五月上旬の話である。

だが未彩は、その後も秋斗を完全に忘れた訳ではなかった。
未彩と秋斗にはいくつか共通の趣味があり、その中の一つ、ネット上のとある音楽アーティストの鬱曲を聴く度、未彩は秋斗の事を思い出さずにはいられなかった。
しかしそれは断じてストレスのたまるような思い出し方ではなく、未彩はいつも秋斗の生を祈っていた。
自分が秋斗から離れる前、異様なほどに死を望み、やはり自分は誰も愛せないのだと嘆いていた秋斗、その姿が未彩の記憶から消えることは無かったのだ。

とは言っても、これはもう三年も前に別れた相手の話だ、最近は未彩もそのアーティストの曲を聴いたからと言って必ずしも秋斗を思い出す、という事は少なくなっていたのだが、未彩はこの時何故か、唐突に秋斗の事を思い出した、否、思い出してしまった。
そして運悪く、思い出したら行動せずにはいられないのが未彩の性質であり、気づけば未彩は新しく立ち上げたブラウザでツブヤイターの検索ページにアクセスしていた。
画面を覗き込むロンナの表情が、お? と何かを不思議がるような表情に変わる。
そんなロンナの目の前で、未彩は検索用の枠に秋斗のハンドルネームを打ち込む。
もしかしたら似たような名前の別人しかいないかも……と思いながら、未彩はエンターキーを叩いた。
すると、

「あれ、これ秋斗ちゃんかな?」

画面の中の数々の検索結果の中に、確かに若干見覚えのある絵柄のイラストが見えて、ロンナがそれに気づく。
ハンドルネームも未彩が検索をかけたものと一致していて、もしかしたら……と思った未彩はそのユーザーのツブヤイタープロフィールを見る。
そこには、呟きの投稿が五万近くもあり、応援者数が六百を超えたプロフィール欄と、秋斗とは思い難い明るい呟きが並んでいた。
やっぱり、秋斗ではない別人なのだろうか? と思い少しガッカリした未彩だが、そこであるものを見つける、それは……

――このURL……秋斗が過去に使っていた物に似てるような……。――

それは、未彩がまだ秋斗の傍にいた頃、秋斗が開いていたホームページとほぼ同じIDが使われたブログのURLだった。
秋斗に限ったことではなく、ブログとホームページ、またツブヤイター等のIDを同じ、もしくは近い単語にする人間はそう少なくない。
まさか、本当にこれが秋斗? という疑念と、秋斗だったなら今どんな生活をしているのだろう? という好奇心に押されて、未彩はそのURLをクリックする。
そして、息を呑んだ。

「……っ!?」

ブラウザのウインドウの中に開かれたブログに、未彩は見覚えがあった。
いや、覚えと言うほど明確な記憶は既にないのだが、タイトルに使われている単語や、プロフィールに書かれている内容が、そのブログの主は秋斗だと未彩に告げている気がした。
まさか、いや、そんな、と思いながら、未彩は画面を下へスクロールし、最新の記事をいくつか読んでみる。
そこには、未彩が思っていた秋斗とは全く別の誰かが、いた。

ブログを読んで分かった事は、それが秋斗だというのなら、秋斗はもう未彩の知っている不幸でメンヘラで一人ぼっちの秋斗ではなかった、という事だった。
そのブログの主は嬉々として絵を描き、同人と言えど商業に出るまでその実力を伸ばし、それ故多くの人間と繋がり、それと関係するかどうかは分からないが既婚者である、という人物だった。
未彩は思わず、これは秋斗と似た単語が好きな別人なのではないか? と疑う。
何故なら未彩の記憶の中にいる秋斗は、家族に嫌われ、周囲に馴染めず、ごく少数の人間と親しくなるも、それもいつ途切れるか分からない危うい絆でしかないという、一言で言って、暗い、という印象の少女だったからだ。
そして何より、秋斗の口癖がそのブログにはなかった。
死にたい、という秋斗の口癖が。

「へー、これ秋斗ちゃん? ずいぶん変わったんだねー。」

呑気に呟いたロンナを見て、未彩はハッとして机を殴りつけた。
それはまるで、秋斗が幸せになった事を否定したがっているようで、実際未彩は、

「……違う……これは、秋斗ではない!!」

とロンナを怒鳴りつけた。
ロンナは一瞬驚いた顔で未彩を見たが、徐々にその顔に意味深長な笑みを張り付けると、

「じゃあ賭けでもしてみる? 私がこれが秋斗ちゃんだって証拠を見つけてこれるかこれないかを。」

と言って、ノートパソコンUSBポートにささったPETの充電器に置かれたPETの中に入り、そのコードを通じて未彩のノートパソコンの中に入っていった。
突如、画面にメールソフトが開かれて未彩は一瞬驚く。
そんな未彩を他所に、ロンナは未彩のノートパソコンの中から、そのブログ、及びツブヤイターが秋斗の物である証拠を探す。
それが、パソコンの画面上にメールのメッセージ検索という形になって表示された。
そしてそのメッセージ検索はとある一つのメッセージを見つけた瞬間に止まり、それと同時にロンナの勝ち誇った楽しげな声が聞こえてくる。

「未彩、証拠見つけてきたよ!」

そのメッセージは秋斗から未彩宛ててへ数年前に送られたもので、ロンナはそのメッセージの一部をハイライトして見せた。
ご丁寧に、その隣に秋斗のものと思われているツブヤイターを開いたブラウザを表示して。
それを見せられた未彩は改めて息を呑んで、それから、

「……嘘……だ……。」
「嘘じゃないよ、未彩。このメールの秋斗ちゃんのツブヤイターのコピーについてるIDと、今その隣に開かれてるツブヤイターのID……同じでしょ?」

ロンナはこれ以上なくニッコリと笑っていたが、未彩は画面から目が離せず、そんなロンナの表情を見る事は無かった。
ツブヤイターのID一致、これは限りなく百パーセントに近い確率で、そのツブヤイターのアカウントが秋斗のものであることを未彩に告げていてる。
まさか、自分と秋斗の過去のメールが証拠になるなんて……と呆然とする感情の中で、僅かに黒い何かが燻った。

――こんな、こんな幸せ者が、秋斗、だと……!? 嘘だ、俺が知ってる秋斗は今にも死にそうな弱々しくて、だから俺は必死になって秋斗を励まして、今でさえその生存を、生存を……――

望んでいた、そのはずなのに、未彩は自分の心の一部が、秋斗に死をもたらせ、と叫ぶのを感じた。
その理由は、未彩にはわからなかった、と言うよりも、未彩が意識的にわかる事を拒んでいた。
何故だかわからない、けれど、この幸せそうなアカウントが秋斗だと知ってショックを受けた。
まるで、今まで秋斗の生を望んでいた事が無駄になったような気さえしたのだ。
未彩の心は叫んでいる、秋斗は死ぬべきだ、秋斗はあの時死ぬべきだったのだ、あの時自分は秋斗を励ますのではなく、秋斗を死に追い遣るべきだったのだ、と。

「は、はは……なんなんだ……なんなんだ、これは……」

こんなの秋斗じゃない、秋斗じゃあないんだ、そんな考えが止まらなくて、未彩は一度Webブラウザとメールソフトを閉じて俯いた。
そして、酷く後悔した。
その後悔は、気まぐれに秋斗を探してしまった事から、秋斗の生を望んでいた事、そして今秋斗の死を望んでいる事まで、多岐にわたる。
どうして、どうしてこうなったのだろう、どうして今自分はこんな気持ちの悪い感情に蝕まれているのだろう、未彩は混乱する。

「秋斗ちゃんが幸せなのが嫌だって顔だね、未彩。」

ロンナの声がして、未彩はハッと顔を上げた。
気がつくと、ニコニコとした笑顔を浮かべているロンナがノートパソコンの画面の中央に顔アップで映っている。
反射的に嫌な予感がした未彩は画面から、ロンナから視線を背け、そっと椅子から立ち上がってベッドの方へと歩き出すが、

「逃げるの? 私から、そして自分の醜悪から。」

とロンナに言われ、その足を止めた。
何を……と言いたげに振り向いた未彩の顔を見ながら、ロンナは言葉を続ける。

「未彩っていつもそうだよね、私は独りで平気ですーって顔してるくせに、本心では独りじゃない人をいつも嫉んでる。秋斗ちゃんの生存を今まで祈れてたのは、未彩の中の秋斗ちゃんが未彩より可哀想な子だったからであって、未彩が今も秋斗ちゃんを大切に思ってる証拠にはならないんだよね。というか、未彩って自分を捨てた人を敵視せずにはいられないタイプでしょ? そんな未彩が未彩を捨てた秋斗ちゃんを、まっすぐな気持ちで思える訳ないよね。未彩は昔から、ほんの一カケラかもしれないけど、秋斗ちゃんの死を望んでたんだよ。そう、秋斗ちゃんが未彩を捨てたその日から、ね。」

畳み掛けるように唱えられた言葉に、未彩はしばらく何も言う事が出来なかった。
確かに、ロンナの言っている事は、未彩自身にも思い当たる事がいくつかある。
自分は独りでも平気、と思いつつも、熱斗やリエイといった、ある程度までは未彩の相手もしてくれる相手の近くを彷徨っているのは事実で、独りでない人間を軽蔑――と言う名の嫉妬の視線で見ているのも事実だ、そこまでは百歩譲って認めよう、認めてもいいと未彩も思う。
けれど、だからといって未彩は、自分が秋斗を“可哀想な子”と思っていて、それ故に秋斗を憎まなかった、つまり、秋斗を哀れみの視線で見ていたという事を認めるわけにはいかなかった。
何故ならば、未彩はずっと、それを、関係が途切れても消える事のない友情、だと思っていたのだから。
だが、ロンナの言葉は鋭い刃物のように、未彩の外身を切り裂き、中身を引きずり出してくる。

「あ、あ、ああぁ……ちが、違……」
「違わないよ。秋斗ちゃん以外にも未彩を捨てた人は沢山いるよね? それで、未彩はその人達に何を思ってたかな? ……何所かで野垂れ死にしてしまえとか、思ってたんじゃない?」

未彩にも見えない未彩の中身が、ロンナの言葉と言う両手によって引きずり出されて、未彩はその醜悪さから目を背けるようにロンナに背を向けて俯いた。
だがそれは、未彩自身が未彩の醜悪さは人間には耐えがたいものだと証明している以外の何物でもなく、ロンナは画面の中でクスクスと笑う。

「未彩って他人の不幸が大好きだよね、特に自分を捨てた人の不幸は極上の蜜の味って感じでしょ? だから、自分を捨てた人が自分より幸せになってる事が、悔しいんでしょ? だって、未彩にはもう私しかいないもんね。リエイちゃんや熱斗くんは辛うじて繋がっていてくれるけど、それもいつまでもつかなぁ?」

ポタ、と一粒、未彩の目から床に向けて、大粒の涙が零れた。
自分の醜悪さと惨めさを一気に目前に突き出されて、その黒色に何も見えなくなってしまったのだろう。

「あ、う、ぁ、あぁっ……うっ、あ……」

未彩は焦って両目を服の袖で拭いた、だが涙は止まるどころか後から後から溢れだして、服の袖や頬や床を濡らす。
混濁して混乱する思考の一方で、未彩はこの涙の意味を考えている。
もしロンナの言う事が出鱈目だとするならば、自分は何故泣いているのだろう、分からない。
だとすれば、この涙は、ロンナの言っている事が本当だから、ではないのだろうか。
だとしたら、嗚呼、自分はなんて醜いのだろう。
どうして秋斗の幸せを純粋に喜んでやれないのだろう、どうして“生きていてくれてよかった、もっと幸せになってくれ”と思えないのだろう、分からない、否、分かりたくない。
それを分かってしまったら、自分は、もう……その先を、未彩は考えたくなかったが、考える事を放棄する事は、このナビが、ロンナが許してくれない。

「未彩、その涙はね、きっと、未彩が自分の醜さに気付いた証拠だよ。泣くのを止めろとは言わない、けど、これだけは覚えておいて。今の未彩は、加害者じゃないけど、被害者でもない、ただの嫉みの塊なんだ、って事をね。」

ロンナがそう言った時、ついに未彩は膝から崩れ落ちた。
そして、昔の秋斗の口癖が脳裏を過る。

――死にたい……死ぬべきは俺なんだ……誰か、誰か、俺を殺してくれ……!――

ロンナによって引きずり出された自身の醜悪に耐えきれるほど、未彩は強くはなかったのだ。
床に膝をついて泣き崩れる未彩の背中を、ノートパソコンの画面から見守るロンナの表情は、もう笑顔ではなくなっている。
それは無表情と言うにはやや暗く冷たさを感じる表情だったが、だからと言って見下しているような表情とは少し訳が違っていた。
それもそのはず、ロンナは別に、未彩に自死を選んでほしい訳ではないのだ。
だが、ロンナのその思いはまだ、未彩には伝わりそうにない。
自分の長い黒髪を引っ張るように掴んで嘆く未彩は、まだ、醜悪の先の悟りを得られそうにはない。


end.

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