07/02の日記

01:30
絶対の運命のもとに / シリアス / 熱斗
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【絶対の運命のもとに】

終わりの先に見えたのは、救いようの無い未来。
これから先の逃れようの無い運命を背負って、それでも歩む意味は何?

それは、そろそろ梅雨明けも迫った七月上旬の事。
その日の夕方、大学二年生の光 熱斗は、一年生の内に二回も落としてしまった英語・読み書き一の再履修を担当する教師と、授業後の教室でそれなりに楽しげに話し込んでいた。
その教師は自身も中学に若干の暗い影を持ちながらも、それを吹き飛ばすぐらいの明るさと前向きさで生きていて、熱斗にも自身の信じる幸せの鉄則とでも言うのだろうか、もしくは幸せになる為の信念とでも言うのか、そういった言葉をたくさん教えるような、そんな教師だ。
それはここ数年の、不安定で陰鬱とした雰囲気を滲ませる熱斗とはやや対照的に見えたが、それでも熱斗はその教師と話す事は特に苦ではないのか、その教師から、熱斗くんはとても綺麗な心を持っている、と言われるとやや嬉しそうに、ありがとうございます、と言っていた。
ロックマンはそんな二人の会話にPETの中で耳を傾けては、今の熱斗の中に昔の明るい熱斗が帰ってきてくれたような気がして、なんだか嬉しくなるのを感じていた。

だが、熱気とは平常よりも熱いから熱気なのであり、温まった体もその熱気の中から抜けてしまえば冷たい風に吹かれて即座に冷え、いつの間にか平常よりも冷たくなってしまうというのはどうにも避けようの無い事実である。
ロックマンやその教師は気づかない自分の中の冷気に、熱斗は気づいていた。

大学構内のエレベーター前でその英語の教師と別れた熱斗は、近くの自販機でペットボトル入りの緑茶を一本買って、それを二口ほど飲み喉を潤した後に、そのペットボトルを肩から掛けた鞄の中に仕舞うと、洋服の胸ポケットの中に入れていたPETを取り出し、それにグルグルと巻かれたイヤホンのコードを解いて、スピーカー部分を耳に入れた。
そして大学の玄関に向けて歩きながらPETを操作し、いつも登下校中に聴いている曲のプレイリストを再生すると、聞こえてきたのは微かなノイズと、それから女性の絶叫。
女性の絶叫がすると同時にギターが甲高く鳴り響き始めるその曲は、熱斗を先ほどの教師との会話の中の熱気から強制的に引きずり出した。
幸せな会話をした後によりによってこの曲か、と思いながら、熱斗は大学の玄関を出る。
七月と言えど、午後七時を過ぎたと思われるその空は薄暗い。
二本目のバスに乗る頃に、また母親から帰りはまだかと訊くメールが来るのだろうな、と思いながら熱斗はその薄暗い空の下を、朝や昼間とは違い紫外線対策をせず、バス停に向けて歩く。
イヤホンから聞こえる女性の声は、“独りにしないで”と激しく歌い叫んでいる。

――“独りにしないで”、か……。――

孤独を恐れ他者との繋がりを求めるその言葉に、熱斗は先ほどあの教師との会話で温めたはずの何かが急速に冷めていくのを感じた。
そして、先ほどあの教師もある意味この言葉に似ている事を言っていた事をと思い出す。
確か、あの教師はこう言っていたはずだ。

――「世界中の誰があたしの敵になったって、ただ一人だけあたしを理解してくれる人がいればそれでいい、そういう人がきっといる。熱斗くんにもそういう人がきっといるはずだよ。」……だっけか。――

確かに、絶対的に信頼できる相手がいるというのは心強い事で、心癒される事で、どんな荒波にも立ち向かっていける強さを与えてくれる事だと、熱斗も思っている。
だからという訳では無いが、熱斗はその教師の前では、その意見を否定しようとはしなかった。
それは、その教師はその方法で生きていくことが向いているのだろう、という考え方もできるからだというところも大きい。
多分あの教師はこれまでそれでやってこれたのだろう、それは認める。

だが、熱斗の思考はそこで終わりはしない。
そして熱斗は、ロックマンにすら見えない心の中で、その教師に対して反論を始めた。

――そうやって生きていける人は別にいいさ、否定する気はないさ、その人を大切にすればいいと思う。だけど……俺は、違うから。――

そう思った熱斗の脳裏に、いくつかの過去の自分の姿が過る。
例えばそれは、一番の友人であったはずのメイルへの執着心が生んだ無様すぎる仲違いだったり、そんなメイルの友人でメイルの面影をなんとなく感じてしまうやいとへの執着の兆しとそれを恐れる余りの決別だったり、自分には忙しいと言う割に他の仲間とは会って遊んでいるらしいライカへの殺意だったり、同じく忙しいと言いつつも他の友人達とはこまめにネット上での会話をしているらしい炎山への殺意だったり、もっと古いものならやはり自分の入れ込み過ぎが招いた透との絶縁だったりと、どれも嫌な記憶ばかりだ。
特にメイルとやいと、透との決別の記憶は熱斗の中に一種のトラウマともいうべき形で強く深く残っている。
透に絶縁される時、熱斗は透から、ウザイ、の一言を聞かされた。
メイルと仲違いした時は、原因の一端は熱斗にあったため、熱斗はそれを自分の非だと認めて謝って、その上で自分と関わってくれるかそれとも関係を止めるかを問いかけた、が、メイルから返ってきた言葉は関係の継続でも切断でもなく、熱斗の面倒は見きれない、の一言だった。
やいとの時は、これは熱斗が逃げるように一方的に切断してしまったために正確な事は分からないが、おそらくやいともメイルと同じ事を思っているであろう事は容易に想像ができる上に、その後やいとから何の連絡もない所からして、やいとが熱斗との関係の切断を喜んでいるであろう事も容易に想像できた。
そして、この三つには明らかな共通点がある、と言う事に気付いた時、熱斗は大きな衝撃を受けて泣き崩れたものだった。

熱斗はなんとなく一曲をループする設定にして、“独りにしないで”と歌い叫ぶ女性の歌を再度先頭から聞き始めた。
女性は絶叫した後、色々な事を歌っているが、その中でも一際熱斗の気を引いた一言は、“期待は捨てたはず”という一言だった。
そう、自分も、誰かの横で笑顔でいる事ができるなんて、そんな甘い期待は捨てたはずなのだが、と思って、熱斗は小さく苦笑する。

透の絶縁とメイルの拒絶、そしてやいとの途絶、その三つの明らかな共通点、それは、熱斗の容量が相手の許容量を超えていたという事だと熱斗は思っている。
要するに、精神の重量オーバーだ。
その上それは、透やメイル達の器が小さかった訳ではなく、熱斗の容量が大きく重過ぎるというところに原因がある、というのも、ここ数年の熱斗の持論だ。
つまり熱斗はどんな結論に辿り着いたかというと、それは、この世には光 熱斗という人間を受け止めきれる器を持った人間などいない、という事である。
もしも、メイル達と熱斗の仲違いの原因がメイル達にあったなら、それはメイル達の人間としての他者を受け止める器が殊更小さかっただけで、必ずしも熱斗を受け止めきれる人間がこの世にいない事にはならなかっただろう。
だが、実際にはこの仲違いの原因の多くは熱斗にあり、メイル達は何も間違った選択などしていないのだ。
それはつまり、メイル達の人間としての器は平均程度の大きさを保っている証拠に他ならない。
そして同時に、その器に収まりきらない熱斗は人間としての容量が大きく重過ぎるという事の証拠にもなる。
だから、その証拠に気付いた熱斗は、いつか誰かが自分を受け入れて受け止め、傍にいてくれるという夢を、期待を、諦める事にして、人々の間を彷徨わないと決めた、はずだった、のだが……熱斗は、今でもまだ辛うじて繋がっているライカや炎山、サロマやみゆきを見ては、そこからの反応を求めている自分に、ほとほと嫌気がさしている状態でもあった。
それは例えるなら、期待なんて持つだけ無駄で、自分はそういう運命にある、と言う事を認めようとする自分のすぐ背後で、それを認めない自分が誰かを探しては縋り付いている、そんなイメージだ。

そんな時、熱斗はこの歌とは別の女性歌手が歌った、昔の熱斗には少し似合わないタイトルの曲を聴くようにしている。
何故熱斗はその曲を聴くのかというと、その歌を歌う女性は叫び歌うというよりも聴き手を諭すかのように、しかし華やかに“孤独こそ愛おしい唯一の味方”と歌っているからだ。
勿論、その女性は熱斗がその言葉に対して考える事とは別の意味でその言葉を書いたのかもしれないが、それでも熱斗にはその一言を支えにすればこれから先もまだ生きていけるような気がするのだ。
だから熱斗は一度今の歌のループを解除して、その曲を再生し始めた。
“独りにしないで”と歌う曲よりも全体的に華やかな音が熱斗の耳に響く。
昔の自分ならタイトルだけで拒否をしていたであろうそれが、今はとても心地よく、熱斗はその曲を聴きながら歩いた。

最後に熱斗は、先ほど話していた教師が言った、熱斗くんはとてもきれいな心の持ち主だから、という言葉を密かに否定する。
確かに、自分にもまだ白い所はあるだろうとは思う、綺麗に見える部分だって少しはあると思う、けれど、それと同じぐらい黒い所があるのも事実で、汚い部分があるのも事実で、あの教師はその黒い部分、汚い部分に気付いていないのだと熱斗は考えているのだ。
もしくは、自分の心はその色こそは白くとも、その形が歪に曲がっているのだろうとも考える。
でなければ、好意が行き過ぎて殺意になる事などあり得ないと熱斗は考えているのだ。
とにかく、熱斗はあの教師の言動に対して何を思ったかというと、

――ごめんね先生、俺、先生の言葉、ホントはあんまり信じてないんだ……。――

という訳である。

孤独を味方と歌う歌が一周した頃、熱斗はバス停に着いた。
バスが来る方向を見ると、ぼんやりとバスの姿が見える。
熱斗はそこでバスが到着するまでの間にPETを取り出し、一曲の繰り返しから多数の曲のシャッフルに再生形式を切り替えて、それからその直後に到着したバスへと乗り込むのであった。


end.

◆◇

【オール・リセット】で終わるかと思っていた大学生熱斗シリーズ、まさかの続編到来。
公式の熱斗はきっと、何歳になっても友人に囲まれてて、こんな面倒くさい事考えないし、そもそも受け入れてもらう側ではなく受け入れてあげる側だと思うのですが、此処の大学生シリーズの熱斗は超コミュ障のぼっち人間ということで。
勘の良い人はどういう意味か分かるはず。
大学生熱斗シリーズはもう一つネタがあるので、次回はそれを書けたら書こうと思います。
ホントはこれと合わせて一本のつもりだったのだけれど無理だった。
あと次回の内容を考える辺り、此処の大学生シリーズの熱斗は多分科学者なんてなれないどころかニート予備軍……勘の良い人は(以下略)

ちなみに、今回の作中で熱斗が聴いている歌は、“独りにしないで”と“期待は捨てたはず”と歌っているのがCoccoの『Way Out』で、“孤独こそ愛おしい唯一の味方”がALI PROJECTの『わが揩スし悪の華』だとか。
どっちも俺の好きな曲です、ハイ。

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