09/06の日記

23:28
悲哀日記は読むべからず / シリアス / ロックマン、サーチマン、熱斗
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【悲哀日記は読むべからず】

それは、外界のいたる所で喧しく求愛の音を響かせていたセミが減り始めた九月上旬の事。
その日の午前八時頃、夏休みで大学での授業が無い事を口実にして未だに夢の中を彷徨い歩いている熱斗を横目に、ロックマンは熱斗のパソコンの内部の整理とセキュリティチェックを熱斗には無断で行っていた。
ネットナビの行うセキュリティチェックとは主に、パソコンの中に見慣れないフォルダは無いか、ウイルスは侵入していないか、スパイウェアと思わしき反応は無いか、それらに気を配りながらパソコンの電脳世界を隅から隅まで移動して、小さなフォルダもファイルも全て中身をチェックする事と、ナビやプログラム君とは別にインストールされているアンチウイルスソフトが正常に機能、また更新されているかをチェックする事の二つであり、ロックマンは現在、見慣れないフォルダ――ウイルスの可能性があるフォルダがないかどうかを確認している。
こういったオペレーターのプライバシーにも踏み込みかねない事は、本来ならオペレーターに確認をとってから行うのがネットナビ達やプログラム君達の間での暗黙の了解だったのだが、今のロックマンはそれを熱斗には相談せず自己の独断で行っていた。
その証拠に、と言うに相当するかどうかは分からないが、ロックマンは時よりPCにつけられたカメラを使ってベッドの上の熱斗の様子を確認している。
熱斗が目を覚ましてパソコンに近づく兆候がないかどうかを確かめるためだ。
何故なら、最近の熱斗は何故か、ロックマンがパソコンの内部を自由に動き回る事を嫌い、ユーザーである人間からは見えない内部のデータの整理や、ネットナビによるセキュリティチェックを避けており、ロックマンはそれに反してパソコンの中で動き回ると烈火のごとく怒りだすからである。
とは言っても、余分なデータがたまればパソコンの動きは遅くなるし、セキュリティソフトに何かあれば何らかの損害を受ける事は避けられない。
その為にロックマンは、熱斗が寝ている時や、シャワーを浴びている時など、自分とパソコンの両方に監視の目が及ばないタイミングを見計らって、最低限のセキュリティチェックや、データの整理を秘密裏に行っている。
特に、今のような長期休みの朝方はロックマンにとって一番の狙い目の時間であり、一番気楽にパソコンの中を動き回れる時間である。
だから、ロックマンは今日も、数週間ぶりの整理整頓とセキュリティチェックを張り切って遂行していた。

そんなロックマンは大抵の場合において、セキュリティチェックを優先して行い、その中でもアンチウイルスソフトのチェックを優先する癖があった。
何故なら、アンチウイルスソフトの、主にファイアウォールにさえ異常がなければ、ネットナビによる自動のような手動のようなファイルチェックは一ヶ月に一度もやれば十分という所があるからである。
その為ロックマンはまずアンチウイルスソフトをチェックして、それから残りの時間でパソコンの中をまわって不審なファイル、ブログラムがいないかを確認するように努めてきた。
そして、ロックマンはつい一時間ほど前にアンチウイルスソフトのチェックを終え、今は不審なファイルが無いかどうかを確認している最中である。

最近のパソコンの電脳世界は、熱斗が小学生だった頃のパソコンに比べると格段に広くなって、ネットナビが一つ一つファイルを見て回るのはなかなか手間がかかり、その点を突いて電脳の隅にウイルスファイルを侵入させるという手口も多発している。
勿論その度ネットナビの方もフォルダの検索機能を向上させてはいるが、結局のところ重要になってくるのはネットナビの注意力である。
ロックマンは頭上にも足元にも気を配りながら、パソコンの中のフォルダを見てまわっていた。
そして電脳世界の隅っこ、直角の角の中でふと視線を持ち上げた時である。

「……あれ?」

それはあまりにも遠くて見えにくく、足元に明確な影を落とす事も無かったが、ロックマンは電脳の天上のすぐそばに、小さな棚のような板が飛び出しているのを見つけた。

「なんだろう、あれ……。」

数週間ほど前にこのパソコン内を見てまわった時には無かったはずの小さな出っ張り。
ロックマンはそれに不穏な単語――ウイルスファイルの八文字を思い浮かべた。
アンチウイルスソフトは万全の状態のはずだったのだが……更新が間に合わなくて紛れ込んだ新種のウイルスだろうか? と思ったロックマンは、近くの壁に触れてその棚までの簡単な階段を形成する。
そして念の為右腕にロックバスターを装備すると、階段を駆け上がり始めた。
階段はとてつもなく長く、子供型のネットナビにしては体力のある方であるロックマンの息すら切らさせ始める。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

途中、こんなに高い場所ならば階段ではなく板だけのエレベーターにすればよかったと後悔しつつ、ロックマンはなんとか階段を登り切った。
目の前には、あの小さな棚があり、棚の上には見慣れた形のデータが置かれている。

「普通のフォルダ、だよね?」

てっきりウイルスファイルそのものがあるか、フォルダに見せかけたウイルスでもあるかと思っていたロックマンは、少し拍子抜けしたような声で、自分に確認するように呟いた。
念の為、直に手で触れる前にアンチウイルスソフトを呼び出し、外からのスキャンを試みると、アンチウイルスソフトはそのフォルダに脅威は無い事をロックマンに教えてくれた。
だが、それに安心したロックマンがそのままフォルダを手に取ってを開こうとすると、

「あれ、開かない……?」

他の沢山のフォルダと違い、それは普通にロックマンの手で開くことはできなかった。
これはもしや、と思ってロックマンがフォルダを裏返すと、そこには案の定、南京錠のマークが描かれている。

「ロックされてる……なんでだろう……?」

アンチウイルスソフトは脅威は無いと言っていたから、これはウイルスではないのだろう、というか、ロックされたウイルスなんて意味があるとは思えない。
なら、このフォルダは誰が何の為に作り、どうしてこんな場所に保存したのだろう?
多分、熱斗が製作者だとは思うのだが、それ以上の事が分からない。
ロックマンは鍵のかかったフォルダを見つめながら、しばらく考えた。

鍵をかける、というのは基本的に、他人には見られたくないものを入れた器や、他人に踏み込まれたくない場所に対してする事だ。
だからこのフォルダは、製作者にとって他人に踏み込まれたくない領域なのかもしれない。
そして、隠す、というのは、大抵の場合においてやましい事がある場合にする事だ。
他人に踏み込まれたくないやましい場所が、このフォルダの中に存在しているというのだろうか。

「うーん……。」

ロックマンは悩んだ。
まさか熱斗に直接、こんなものを見つけたのだけど、などと訊く訳にはいかないだろう。
しかし、何故だろう、自分の熱斗のナビとしての勘が、このフォルダを無視してはいけないと告げている、とロックマンは感じていた。
だが、だからといってこの鍵のかかったフォルダを解析する能力はロックマンには存在しない。
一番簡単なのは祐一朗に渡して解析してもらうことかもしれないが、祐一朗の性格上、そこに何か不穏なものがあれば熱斗に訳を訊きに行くだろう、となると、勝手に祐一朗へフォルダを渡した自分と、それを勝手に解析した祐一朗は熱斗から酷く嫌悪されるはずだ。
最近の熱斗は、唯でさえ中学高校時代以上に難しい性格になってしまったというのに、そんな事をした事がバレたらまともに口をきいてくれなくなるかもしれない。
このフォルダを解析したいのは山々だが、祐一朗に頼むのは無しだな、と思ったロックマンが次に思い浮かべたのは、

「……サーチマンなら、内緒にしてくれるかな……。」

これまた熱斗と繋がりがある人物ではあるが、祐一朗に比べれば熱斗に詰め寄る可能性が低いであろうサーチマン――ライカのナビだった。
ロックマンはサーチマンの力を借りてこのフォルダを解析しようと考えたのである。
一応、ライカと熱斗に現在もつながりがあるので、祐一朗と同じ危険性がない訳では無いが、まぁ、ライカには相談せずサーチマンだけに相談すればどうにかなるだろう、という気がしなくもない。
そうと決まったら善は急げだ、ロックマンは鍵のかかったフォルダをそのまま丸ごとコピーすると、元のフォルダを棚の上に戻して階段を駆け下り、フォルダを見た事がばれないように階段そのものと階段の使用履歴を消した。
そしてロックマンは、サーチマンに会うだけなら特に事前連絡もいらないだろうと思い、そのままライカのPETへ向かった。


ロックマンがライカのPETに向かうと、サーチマンはちょうどライカのPETの中で部下と思わしき量産型の軍事用ネットナビ達と会話をしているところだった。
そういえば今シャーロは何時だっただろう? と思ってPET内の時計を見ると、時刻は午前八時少し過ぎ――時計は二ホンの時刻に合わせられていた。
と言う事は、ライカは今二ホンにいるのだろうか? そんな連絡は全くなかった気がするけれど、と思っていると、ロックマンの位置からは背中しか見えない向きで立っていたサーチマンに正面から向き合っていた軍事用ナビ達がロックマンに気が付き始める。

「サーチマン隊長、客人のようですよ。」
「ん? あぁ、ロックマンじゃないか、どうしたんだ?」

サーチマンは軍事用ナビの中の一人の声で背後に振り向き、ロックマンに気付いた。
ロックマンは左手にファイルのコピーを持ったまま、右手を軽く振りながらサーチマンと軍事用ナビたちに歩み寄る。

「やぁ、サーチマン。」
「久しぶりだなロックマン。すまないが少し待っていてくれ、もうすぐ終わる。」
「うん、じゃあ待ってるね。」

軍事用ナビ達はぼそぼそと、アレが二ホンのネットセイバーのナビ……、だとか、彼がロックマン……、などと話し出したが、サーチマンが一声号令をかけると静かになった。
そしてその後のサーチマンの言葉を聞いてみる限り、どうやらこの軍事用ナビたちはサーチマンの後輩達で、その中でもネットセイバーに志願した者達のナビで、現在そのために日本で研修を行っている、という事らしい。
最後にサーチマンがシャーロ人のナビらしい号令をかけると、軍事用ナビ達は一斉に敬礼をしてから、これまた一斉にその場から姿を消した。
おそらく、それぞれのPETに戻っていったのだろう、その統率された動きにロックマンが感心していると、ロックマンに背を向けていたサーチマンがもう一度ロックマンに振り返って尋ねる。

「……で、今日は何の用だ?」
「あぁ、それなんだけど、これを開いてほしいんだ。」

ロックマンは左手に持っていたフォルダのコピーをサーチマンに手渡した。

「これは……ロックされたフォルダだな。開くのはいいが、何処でどうしてこんなものを?」
「えっと、熱斗くんのパソコンの中で……見慣れない位置にあったから、なんだか、気になっちゃって……。」

フォルダをじっくりと眺めながら尋ねてきたサーチマンに、ロックマンは少し言葉を詰まらせながら答えた。
いくら熱斗のナビといえど、プライバシーに関わるかもしれないものを他人に託すのはどうなのだろう、という罪悪感が多少あったからだろう。
ロックマンを見下ろすサーチマンの視線が少し辛辣に見えたのはおそらくロックマンの罪悪感のせいだろう。

「あ、大丈夫! 元のフォルダはちゃんと元の位置に置いてあるよ! それはコピーだから!」

ロックマンは、その罪悪感から逃れるかのように付け加えてみたが、そう付け加えてからあまり言い訳になっていない事に気が付いて、気まずそうな顔でサーチマンから視線を逸らした。
一方サーチマンの方は、ロックマンが考えるほどその点を気にする様子は無い。

「そうか、なら、開くぞ。」

サーチマンがそう言うと、ロックマンの目の前でサーチマンの指先が淡く光り、サーチマンがその指でフォルダに触れると、フォルダの表面に描かれていた南京錠の絵が開錠されたように動き、そして消えた。
ロックマンの心臓に相当するプログラムがドクンと脈打つ。
この中に、熱斗は一体何を隠しているのだろうか?
ロックマンの中に、好奇心と不安が混在する。

「開いたぞ。大した鍵ではないな。」

サーチマンはそう言うと、ロックマンに鍵の開いたフォルダを手渡した。
サーチマンの表情がどこか自慢げに見えるのは気のせい、ではないかもしれない。
ロックマンはサーチマンに礼を言う。

「うん、ありがとう。……あ、えっと、帰ってからだと見つかっちゃうかもしれないから、此処で開いてみてもいい?」
「あぁ、俺は構わない。そんなに容量を使うフォルダではなさそうだしな。」
「……うん、じゃあ開けるね。」

ロックマンは恐る恐る、手の上のフォルダを開いて、その中身を覗き込んだ。
フォルダの中には、紙のように加工されたファイルがいくつか入っていて、そのほとんどはテキストファイルで、一枚だけJPGの画像ファイルだった。
ロックマンは床に膝をつくと、フォルダの中身を一枚一枚丁寧に床に並べ始める。
サーチマンは黙ってその様子を見守っていた。
やがてロックマンは、それらのファイルの名前の法則に気が付く。

「20X0 09、20X0 10、20X0 11、20X0 12、20X1 01……これ、もしかして西暦と月?」
「……かもしれないな。」

テキストファイルの名前は全て、西暦と月と思わしき数字が付けられており、例外は一つもなかった。
一枚のJPG画像ファイルだけが唯一ニホン語で『心、静寂の悲しみ』というタイトルが付けられている。
テキストファイルは全て並べると『20X0 09』から『20X4 09』まであり、ロックマンとサーチマンは思いのほか多かったテキストファイルに驚いた。
そしてロックマンは、そのテキストファイルの中でも一番新しいと思われる、『20X4 09』を手に取り、展開する。
展開されたテキストファイルは紙から一枚の画面に変わり、画面の中には文章と思わしき文字が表示されている。
ロックマンはそれを黙読してみた。
文は、日付と時間で始まっている。

『11:25 20X4/09/05

あの日から脳内がずっと修羅場だ。
一度は認めたはずの既存の関係すら捨てたくなるという自己破壊衝動が収まらない。
昨日は真実だったことが、今日には真実じゃなくなる。
昨日は許せると思った事が、今日には許せなくなる。
どうしたら、本当にたどり着けるんだろう……。』

それを読んだロックマンは、何故だかわからないが何か読んではいけないものを読んでしまったような気がした。

「これは、日記、か?」

いつの間にかロックマンの背後から画面を覗いていたサーチマンがロックマンの心の声を代弁する。
そのサーチマンの言葉を聞いた途端、ロックマンは自分がこれを読んではいけないと思ったその理由を理解した。
これは、熱斗の日記だ。
熱斗の、もっともプライベートな場所だ、と。

読んではいけない、これは見なかったことにするのが一番だ、とロックマンの頭の中で警鐘が鳴る。
けれど同時に、これを読めば今の熱斗の気持ちがわかるのではないか、という期待感を叫ぶ自分もいた。
ドクン、ドクン、と、心臓に相当するブログラムが脈打つ、それはフルシンクロ時のような清々しい胸の高鳴りではなく、何らかの病に罹った者の感じる動悸に近い。
どうする、戻るか、進むか、道は二つしかない――。

気が付けばロックマンは、『20X4 08』というタイトルのテキストデータを手に取って展開していた。

『12:25 20X4/08/18

最近の俺は何故他人を信頼しきれないのか、よく考える。
多分俺は、最後の最後で見限られるのが怖くて仕方がないんだ。
信じて、頼って、肝心なところで逃げられる、それが怖いんだ。
相手が俺の“核”に触れた時、それが自分には荷が重すぎるものだと知って離れていくのが怖いから、俺は前提を作る。
俺は誰にも受け止め切れないという前提を。
だから俺は誰も信用できない。
きっと、親でさえも。
狂った子供だと思われる未来しか見えないから、否定される未来しか見えないから、俺は……。
……。
こんな人間、否、化け物を好きになる人間なんている訳がない。
そう思えば思う程、俺の核は更に歪んで、愛せば愛すほど死を願うという矛盾に辿りつく。
矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾。
なんていうか、消えたい。
何も残さず、消えたい。』

これが、あの熱斗くんの今の気持ち? という言葉を声にする事は、ロックマンには出来なかった。
どうやら熱斗は毎日日記をつけている訳では無いらしく、八月の日記は十八日から始まっていた、というのを冷静に観察していたのはサーチマンである。
自分を化け物と称して消えたいと嘆く文字は、やはりロックマンの思い出の中の熱斗の姿とは酷くかけ離れていて、ロックマンはショックを隠せなかった。
しかし、そんなショックやもう見たくないという思いとは裏腹に、ロックマンの右手の人差指は文字をスクロールして、別の日の日記を探してしまう。
そしてロックマンは、昔の熱斗には無く、しかし今の熱斗の中に渦巻く闇に触れてしまった。

『13:55 20X4/08/29

Eを二錠OD。
これで元気出ろよ。
夜はPを二錠ODしよう。
それで眠ろう。

15:10 20X4/08/29

今までで一番腕が傷だらけ過ぎて笑うしかねぇわ。

19:28 20X4/08/29

Jを四錠とPを二錠をOD。
これで気分が晴れるといいんだけどな。
腕は傷だらけ過ぎてしばらく誰かに見せられそうにない。』

「何、これ……。」

熱斗が前々から日常生活を正常に送れず悩んでいる事は知っていたつもりだったが、こんな事をしていたなんて知らなかった、とでも言いたげに、ロックマンは呆然と呟いた。
サーチマンも心配そうにロックマンと画面を交互に見ている。
どうやらサーチマンもこれが熱斗の書いた文章だという事を信じられずにいるらしい。

日記から読み取るに、熱斗は主に人間関係で悩んでいたようだった。
そして同じく日記から読み取るに、熱斗はそれをきっかけにOD――オーバードーズと、自傷行為を繰り返していたらしい。
だが、ロックマンが驚いたのはそこではなかった。
その事実だけなら、ロックマンは悲しくなる事こそあれど、衝撃を受けることは無かっただろう。
熱斗は前にも同じような事をしたことがあり、ロックマンはそれを知っているからだ。
ただ――、

「僕、こんなの、知らない……!」

ロックマンは、前回と違って自分が熱斗の内面を、隠し事を見抜けなかった事にショックを受けていた。
オーバードーズはまだしも、腕が傷だらけだなんて、ちょっと気を付ければすぐに気付けそうなものなのに、それにも気付けなかったなんて、自分はなんて間抜けだ、と、ロックマンは自分を責める。
そうしてロックマンが動けなくなっていると、今度はサーチマンが声を漏らした。

「え……?」
「……どうしたの? サーチマン。」

ロックマンは床に落ちかけていた視線をサーチマンへ向ける。
ロックマンの視線の先のサーチマンはいつになく動揺した様子で、なんとも苦い表情をしている、それを見てロックマンはもう一度熱斗の八月の日記に視線を向けた。
日記は主にオーバードーズの記録と、熱斗がその時考えたであろう事で埋まっているが、ロックマンはその中に、ある名前を見つけた。

「え……“ライカに切り捨てられた”って、どういう事……?」

ロックマンは動揺を隠しつつサーチマンの顔を見る、が、サーチマンもこの件は初耳だったようで困ったような顔で首を左右に振ったため、ロックマンは日記に視線を戻した。。
ロックマンの中でライカは、以前より暗くなってしまった今の熱斗と繋がりを持っている数少ない人間の中の一人だったはずなのだが、それに切り捨てられたとはどういうことか。
ロックマンが動揺で動けなくなっていると、サーチマンが何かを思い出したようにロックマンの傍から離れ、PETの中の何かを弄り始めた。

「サーチマン、何してるの……?」
「そういえば一週間ほど前、ライカ様が誰かのアドレスを着信拒否に設定しているのを見たが、まさか――。」

そういってPETの内部の何か――おそらくメールの設定だろう、サーチマンはそこからライカが着信拒否をしている相手を表示する。
そのほとんどは明らかなスパムのアドレスだったが、それらに混じってそのアドレスが存在している事を、ロックマンとサーチマンは確認してしまった。

「これ、熱斗くんのアドレスじゃないか!! どうして!?」

ロックマンは思わず声を荒らげ、サーチマンは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをする。
スパムのアドレスに混ざって、そのアドレス――熱斗のアドレスが確かに着信拒否リストの中に存在していたからだ。
唯でさえ全身に打撲を負ったような気分だったロックマンは、さらに崖から突き落とされたような気分になった。
サーチマンは着信拒否リストを閉じるとロックマンの傍に戻り、もう一度日記に視線を向ける。
日記の中にはどうしてライカと熱斗は決別する事になってしまったのか、その内容は書かれていない。
ただ、その日の日記から急に、熱斗のオーバードーズが増えている事や、熱斗が自分を化け物だと称するようになっている事は確かだった。

「僕、何も知らなかった……熱斗くんがこんな事になってたなんて、少しも知らなかった……!」

悔やむようにロックマンが嘆く、その両目には涙が溜まっている。
サーチマンはそんなロックマンになんと声を書ければいいのか分からず、黙っている事しかできなかった。
ロックマンの心の中にあったのは、熱斗の日記を盗み見た罪悪感ではなく、熱斗の心を知る事が出来たという喜びでもなく、熱斗の抱えていた重荷を一緒に背負う事が出来なかった、それどころか熱斗がそんなものを背負っていた事に全く気付けなかった事への後悔だけである。

「帰らなくちゃ……熱斗くんの所に、帰らなくちゃ……これ以上熱斗くんを独りになんてできないよ!」

そう言ってロックマンはテキストファイルとJPG画像ファイルをかき集め、フォルダの中に収納し直す。
一秒でも早く、熱斗の所へ帰らなければいけない気がした、否、帰らなければいけないのだ。
ライカがいなくなろうと、祐一朗やはる香が気付かなかろうと、自分だけは気付かなければならなかったはずだとロックマンは強く思ったのだ。
そんなロックマンに、サーチマンはしばし悩んだのちに声をかける。

「ロックマン。帰るのはいいが、此処での事を熱斗に伝えるのはやめた方が良いと思うぞ。」
「え、どうして……」
「どうして熱斗がそのフォルダを鍵をかけた上にお前が気付かないような場所に隠していたかを考えれば、分かるはずだ。熱斗は、誰にも触れられたくないから鍵をかけて隠したんだ。……まぁ、これは俺の推測にすぎないが、な。」

そう言ったサーチマンの顔はロックマンほどではないとはいえどこか悲しげで、ロックマンはそれに反論しようとは思えなかった。
むしろ、サーチマンなりに熱斗の事を考えてくれているのだと思うと、ロックマンは少し嬉しくさえあった。
だから、ファイルをフォルダに仕舞い終えたロックマンはゆっくりと立ち上がると、サーチマンに向き直って、

「うん……そうだね、そうする。」

と言った。

「サーチマン、いろいろありがとう。僕、熱斗くんの所に帰るね。」
「どういたしまして。さ、早く行ってやれ。」

サーチマンに見送られて、ロックマンは自分の――熱斗のPETへと帰って行った。


ロックマンが熱斗のPETに帰って時計を見ると、時刻はまだそんなに進んでいなかった。
先ほどのフォルダをPETの奥深くに隠してからパソコンに移動して熱斗の様子を確認すると、熱斗はまだ夢から覚めてはいないようで、ロックマンは少しだけ安堵してから、そんな自分に腹を立てた。
きっと、熱斗が眠っている事に安堵したのは、熱斗にどんな声をかけていいか分からなかったから、そう思うと、自分の無力さが嫌になってくるのだ。
小さな溜息が、ロックマンの口から漏れる。
ロックマンは再び熱斗に視線を向けた。
パソコンに背を向け、壁を見つめる体制で眠っている熱斗は、まるで現実世界を拒絶して夢の中にこもっているかのようで、ロックマンはなんだか悲しくなった。

「熱斗くん……。」

ロックマンはしばらく、そのまま熱斗の様子を見守っていた。


end.

◆◇

何度目か分からない大学生熱斗シリーズ、今回は珍しく熱斗以外の視点で展開。
でも熱斗にはロックマンがいるから意外と悲惨にならないな、現実と違って。

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