09/16の日記

16:13
※ / 消えない影は未来をも暗く染めて / シリアス / 満、Murder
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【消えない影は未来をも暗く染めて】

それは、藤咲 満が光 熱斗達に自身の正体を隠し、善人を装っていた頃のお話。

ある金曜日の午後九時頃、満はその日一日の汚れを落とすべくシャワーを浴びていた。
始めは熱めのお湯で汗を溶かして流しながら頭や体を洗って、最後はクールダウンするべく少し冷たい水を全身に浴びる、それがいつもの満のシャワーの浴び方だ。
今、満は既に頭も体も洗い終えていて、シャワーから出た後に再び汗をかかないために冷水を浴びている最中である。
お湯で火照った体に冷水を浴びると、最初は少し体に負荷がかかるが、一度その水の冷たさに慣れてしまえば後は爽快感だけが残る。
自分の外側から付着する汚れと自分の内側から滲み出る汚れを洗い流した後の身を清めるかのようなこの瞬間が、満は好きだった。
全ての汚れを洗い流し、これからしばらくの間――正確には翌日の朝までは、自分は汚れとは無縁で、そして自由だ、と思うと、日中に仕事や対人関係のストレスで疲弊して、干からびた植物のようになった精神が、まさにギリギリのところで水を与えられた植物のように、少しだけ元気を取り戻すのを感じられるからだ。
特に、今日のような週末の夜は、翌日の朝になっても実際に自由なので、体は疲れ切っていても精神だけは元気でいられる、というのは、満でなくとも経験がある事だろう。
ともかく、明日は土曜日、休日だ。
満はしばらくの間冷水を全身に浴びると、全身が程よく冷めた時点で水を止め、浴室のドアを開いて脱衣所兼洗面所に出た。
そして近くの棚に常備してあるバスタオルを腰に巻き、普通のタオルを掴むと、浴室の熱気で再び汗をかく前に脱衣所を後にした。
着替えは、エアコンで程よく涼しくした寝室内に置いてある。
満は普通のタオルで髪の水気を拭き取りながら、リビングを通過して寝室へ向かった。
寝室の扉を開けると、脱衣所やリビングよりもやや涼しい空気がリビングに流れ出してきて、満はそれが肌に残る水滴を冷やすのを感じながら寝室の中へ足を踏み入れる。
愛用のパソコンとそれに繋げるPETの充電器を置いた机を見ると、充電器に接続されたPETのすぐ傍にMurderが座っていた。
Murderは満が寝室に入ってきた事に気が付くと、満の方を向いて一言、

「満、メールだぞ。」

と言うと、PETの中に入っていった。
そしてその直後、PETの小さな画面の傍に立体映像の画面が表示される。
どうやらMurderが満の指示を受ける前にメールを開いたらしい。
満は寝室とリビングをつなぐ扉を閉めると、着替えをクローゼットから出すより先に机に近づき、その画面を覗いた。
そしてすぐに、不快感に顔をしかめる。

「光 熱斗……。」

立体画面の左上の隅に表示された差出人の名前を、満は忌々しげに呟いた。
MurderはPET本体の小さな画面からそれを見上げている。

光 熱斗とは、Dirty Bloodが満とSearch=Darknessを再会させるために仕組んだ事件の現場でSearchと行動を共にしていたネットセイバーの少年の名前である。
あの事件の後、満は熱斗にPETのアドレスの交換を持ち掛けられ、表面上は快く、しかし内心は渋々といった調子でそれに応じていたのだ。
満個人としてはあまり気が乗らなかったこの連絡先交換だが、“Dirty Bloodの一員”である満にとっては、ネットセイバーの熱斗と連絡先を交換するというのは決して無益な事ではなかった。
何故なら、連絡先を交換して以来、熱斗は新たに表れたテログループ、つまりは満のいるDirty Bloodへの捜査の進展具合を頻繁に満へ報告してくれるようになったからだ。
おそらく熱斗としては、雑談のネタのつもりか、もしくはDirty Bloodの事件偶然鉢合わせてしまったに被害者の一人(と熱斗は思っている)への説明責任を果たしているつもりなのだろう。
満がSearchの古い友人だというのも効いたかもしれない。
人を疑う事を知らずに誰とでも友人になろうとする熱斗の事だ、Searchという自分の仲間(友人)の友人は自分の友人でもある、とでも思っているのだろう。
ともかく、熱斗の口の軽さに、Dirty Bloodの満は感謝していない訳では無かった。

だが、やはり何事にも想定外の出来事、というのか、それとも利益の代償、とでもいうのか、とにかく自分の望まない展開は付き物なわけで、満は今、熱斗のある行動に悩まされている。
そして今回のメールも利益よりその代償の方が大きい内容だったようで、本文に視線を移した満は数十秒後に大きなため息を吐いて、それから嫌悪感を隠さない声で恨み言のように呟く。

「僕はお前のお友達じゃないんだっての……。」

そして満は一旦机から離れてベッドに歩み寄り、その上に出しておいた下着や紺色で半袖のポロシャツ、少しゆったりとしたサイズのジーンズなどを順番に手に取り、身に着ける。
それが終わると、満はもう一度机に近づいて、今度はパソコンの前の椅子に腰かけ、再び熱斗からのメールに視線を向けた。
熱斗のメールは簡単に言うと、明日自分と友人達で秋原遊園地に行くから満も来ないか、という遊びの誘いであり、これこそが満を悩ませる熱斗の行動である。
熱斗はあの事件以来、まるで親しい友人に声をかけるかのごとく、何かと満にメールを寄越しては、自分達の集まりに参加しないかと頻繁に声をかけてくるのだ。
おそらく熱斗はDirty Blood事件の被害者の心のケアでもしているつもりか、もしくは既に満と友人関係になったつもりなのかもしれないが、実際のところ満はDirty Blood事件の被害者ではなくむしろ加害者であるし、熱斗と友人関係になったつもりは微塵もないため、熱斗のこの行動が鬱陶しくて仕方がなかった。
しかし、だからと言ってバカ正直に熱斗の厚意を跳ね除けてしまう事は、表社会では好青年を演じている満にとって容易い事ではない。
それに、捜査状況をペラペラと喋ってくれる危機感の薄いネットセイバーとの繋がりを絶ってしまうというのは、Dirty Blood的には勿体ない事なのだ。
だから満は仕方なく、できる限り熱斗からの誘いには乗ってきた、が、やはり満個人としてはそれが酷く面倒臭い事なのに変わりはない。
満は一つ溜息を吐いてからMurderに指示を飛ばした。

「Murder、こっちで光 熱斗のアドレスを宛先欄に挿入した新規メールの作成お願い。」
「了解。……それで満、今回はどうするんだ?」

Murderの問いかけに、満はもう一度溜息を吐いてから答える。

「行くしかないでしょ、僕はアイツ等の前では飽く迄も好青年でいなくちゃいけないんだから。」
「そうか、なら俺も明日はイツアーサ・モードに切り替えておかなければいけないな。」

Murderはそう言いながら満の指示通りの新規メールを作成し、パソコンの画面に映し出した。
満はパソコンと向き合って、返信を打つ。
飽く迄も丁寧に、飽く迄も好意的に、まるで自分が熱斗達を慕っているかのような文章を考えて打ち込むのは、もう慣れたものだった。

だが、そんな行動の最中に、満は時々考える事がある。
もし、もしもだ、この遊びの誘いのメールが熱斗の厚意だというのが自分の勘違いで、本当は悪意だったとしたら、こんなにも好意的な返信ばかり返している自分は陰で熱斗達にどんな目で見られているのだろう、と。
そう考えると脳裏に蘇るのは、小学生頃から高校卒業間際まで、いやもしかしたら大学でも続いていたかもしれない屈辱の日々の記憶だ。
皆、自分の事をどんな視線で見ていただろう、それを思い出すと、満は今でも、否、今だからこそ気分が悪くなる。
当時はそこまで気づかなかったが、周囲が自分を見る目には、自分に向ける言葉には、自分に向ける行為には、明らかに悪意があった、敵意があった、嫌悪があった、と今の満は確信しているのだ。
具体例だっていくつかある、頻繁に外見を罵倒されたり、まるで自分だけが汚れているかのように扱われたり、何より中学時代にクラスでの集合写真が教室に貼られていた時、自分の顔と身体だけ異様なほど画鋲の穴が集中していた時は、自分はそこまで嫌われているのかとショックを受けたものだった。
そうやって、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、嫌悪感と敵意という悪意を向けられるうちに、満の中にそれまであった、周囲と馴染みたい、誰かと仲良くなりたい、という思いは徐々に薄まり、ついにはSearchとの出会いをきっかけにして完全に消えてしまった。
そして代わりに、満の中に生まれたのは、好かれる事を諦め、嫌われる事を当然の事として肯定し、自分をこの世の異端・異質・異形と称する定義だった。

だから満は、基本的に自分は他人から嫌われていると思って生きている。
大人になった今は、そもそも他人との交流を求めなくなった為か、面と向かって敵意を向けられることはほぼ無くなって、随分生きやすくなったと思う。
とはいえ、自分は嫌われて当然の異端の存在、きっと裏で色々と言われているのだろうな、というのは日々感じている。
例えば、誰かの脇を通り過ぎる時に、ジロジロと見られたり、逆に大げさに遠ざけられたりするのは、今でもたまにある。
大人になっても、所詮人間などそんなものであり、特に集団意識が強い二ホンで異端が認められると思う方がおかしいのだ、と解かっているから、それを特別悲観するつもりは満には無いが、やはりそれが自分に降りかかると腹が立つのは変わらない。
だから満は尚更周囲との関わりを絶つようにして、極力自分の姿が周囲の目に触れないようにしたいと思う。
それに、どうやら自分は外見もあまり良くないみたいだし、正直言ってこの外見を人に見られるのは苦痛だ、というのも、少しある。
昔投げつけられた罵倒の数々は、確かに満の人格に影を落としていた。
だから満は、虐められた子供は将来優しくなる、なんて嘯いて虐めの放置を正当化する大人達は、自分の真の姿――殺人鬼の姿を見て驚き、悔い改め、絶望の中で死ねと思う事もしばしばだったし、虐めをしている本人も、殺して殺して殺し続けてやると思っている。

それなのに今、満は何故か、良い思い出は無いはずの子供達の集団――熱斗達からその存在を求められている、その理由が、満には分からなかったのだ。
そもそも満は大人であるという時点で、満が定義するのとは少し別の意味で熱斗達にとっての異質だというのに、どうしてあの子供達はそれを気にしていないかのように振る舞い、満を自分達の輪の中に引きいれるのか、満には本気で分からない。
そこで満なりに考えてみた結果、導き出された答えは性善説と性悪説という二極化した二つの答えで、それの一つは熱斗達は厚意で動いているという性善説で、もう一つは熱斗達は悪意で動いているという性悪説なのだ。
そしてそこに、満の定義――自分は嫌われることが普通の異端という事――を当て嵌めると、自然と力を持つのは性悪説からくる答えなのだ。
きっと、熱斗達は自分の事を、子供からの誘いを真に受けて仲間に入ろうと必死になっている馬鹿な大人、と思っているのだろう、と満は考えているのだ。
それに、子供は大人以上に残酷だから、満が自分の本当の性格を出さなかったとしても、この小学生の頃から罵倒され続けてきた惨めな外見を見て嘲笑っている事だろう、とも思う。
会った途端に、よう不細工! なんて事を再び言われるようになる日もそう遠くないように思える。

そこまで考えて、満は一際大きな溜息を吐いた。
こんなにも悪い想像しか浮かばないというのに、好意的な態度を崩せない自分の立場が嫌になってきたのだ。
その溜息を不思議に思ったのか、パソコンからMurderが声をかけてくる。

「どうした、満。」
「……ん? いやさぁ、なんていうか……正直、行きたくないなって思ってさ。」

満はそう答えると、Murderと新規メールの映ったパソコン画面から視線を逸らして苦笑した。
いくら誰かとの繋がり――友情や愛情を求めるのはもう諦めたと言っても、だからといってそれで他人の悪意をその身に受けるその衝撃が和らいでくれる訳では無い。
やはり、何を諦めても、どれだけ時間が経っても、他人の悪意がこの身を貫く衝撃は耐えがたい苦痛を伴う、満はまだそう感じている。
だから、もしも熱斗達が善意ではなく悪意で自分に近づいてきているのなら、自分はその悪意に満ちた視線に自ら晒されに行くようなことはしたくない、と思うのだ。
しかし、だからと此処で熱斗達との関係を断ち切ってしまっては、Dirty Bloodの為にはならない。
自分は自分を楽にする為、自分をこの社会から解放するためにDirty Bloodに入ったのに、そのDirty Bloodのせいで社会の一部である熱斗達に縛られる事になるなど、おかしな事もあるものだ、と満は苦笑したのだ。
そんな満の様子を見るMurderは、満の発言と苦笑の意図を掴めないのか、それとも逆にそのまま受け取りすぎたのか、しばしの間きょとんとした表情を見せてから、

「……それなら、断ればいいんじゃないか?」

と言った。
満はそんなMurderの提案がおかしくて、更に苦笑する。

「あはは、MurderってなんだかSearchちゃんに似てるね。」

合理的といえば合理的だが、人間関係しがらみを一切無視したMurderの判断は、満が中学生だった頃のSearchを彷彿とさせるものがあり、満はそう言った。
Murderは、満が苦笑している理由が分からないらしく、自分は何かおかしな事を言ったのだろうか? と言いたげな表情で首を傾げる。
その様子が面白くて、満はしばし小さく笑って、それから答えた。

「多分Murderの言うとおりにできたら一番良いんだろうけど、それは無理だよ。光 熱斗は貴重な情報源で、仲良くしておけって愛華リーダーも言ってるしね。Murderも、ロックマン達と仲良くしなきゃ駄目だよ?」
「まぁ、俺は構わんが……」

満の念押しにMurderは何か言いたげだったが、結局言葉がまとまらなかったのか、それとも自分が何を言っても満は方針を変えないだろうと思ったのか、その何かを言う事はなかった。
Murderが黙ったのを見て、満は制作途中のメールへと再び視線を向ける。
メールの文面には、誘ってくれて嬉しい、とか、是非とも仲間に入れてほしい、とか、今は思ってもいない言葉ばかりが並んでいて、やがて完成したメールの文面を読み直すと、そこに真実や本当の気持ちが一つも入っていないという事態に気が付いた満は、昔より嘘――自分の本音を隠す事が上手くなった自分に嫌気が差すのを感じた。
だが満は、嘘を吐いているのは自分だけでない、熱斗達も同じだろう、と思う事で、その嫌な気持ちを抑え込む。
頭の何処かで、熱斗達が嘘を吐いている証拠――悪意で近付いてきている証拠など無いのに? と問いかける声が聞こえたような気がしたが、満はそれを自分で決めた自分の定義で覆い隠す。

――忘れるな、僕はこの世の異端なんだ。決して誰とも分かり合う事のない、異端なんだ。――

その定義がある限り、自分が嫌われている事は絶対で、自分が嫌われていることが絶対ならば熱斗達が自分を好いている可能性など消え去る、満はそう信じている。
否、そう信じなければいけない気が、満にはしていた。

とにもかくにも、熱斗達へ最大限の好意的な態度を込めたメールは完成した。
満はメールの全文を読み直し、それから送信ボタンをクリックする。
メールはすぐに回線を伝って熱斗の元へ飛んでいくが、現在時刻は午後九時三十八分だ、更なる返信が熱斗から満へ届くのは明日になるだろう。
そうして満はようやく一仕事終えたような気持ちになって、大きな溜息を一つ吐いた。
といっても、明日は明日で熱斗達と直接顔を合わせなければいけないのだから、まだもう一仕事残っているようなものだが、と考えて、満は僅かに苦笑する。
Murderはやはり満のその表情の意味がよく分からないようで小さく首を傾げていた。
満はそんなMurderをパソコンの中に残したままゆっくりと席を立ち、机の近くに置いてある別のテーブルの上にあるドライヤーと櫛を持ってベッドの端、コンセントの差込口がある壁際に移動し、ドライヤーのコンセントを差込口に差すと電源を入れて髪を乾かし始める。
髪が乾く頃には、この嫌な気持ちも消えているといい、と思いながら。

その頃、同じくデンサンシティ内ではあるが満の住む町とは違う町である秋原町で、熱斗が満からのメールに純粋な善意から嬉々として返信を打っていたことを、満は知らない。


end.

◆◇

最初は、満の容姿の話を書きたかったはずだったのに、気が付いたら内面の話メインになっていたという謎。
でもこれも書きたい事ではあったので、何とかそれっぽい終りを作って掲載。
最後の一行でも書いてある通り、熱斗とその仲間達は満に対して悪意など欠片も持ってはいないのだが、過去に悪意を受け過ぎた満はそこに幻の悪意を見てしまう、というお話。
こういう人間不信な人間を作らないためにも、虐め、ダメ、絶対。

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