他三国志書
□天は舞を欲す
1ページ/4ページ
豊作を祈る祭りは、毎年毎年賑やか。
町は活気に溢れかえり、夏侯惇は目を細めた。
「殿、今年は豊作ならよろしいですね」
「雨さえ降ってくれれば、問題がないのだが」
昨年は、雨があまり降らず、一部では餓鬼に苦しんだ。
どんなにいい政治をしようとも、天候まではどうにもできず、曹操は頭を悩ませた年だった。
「雨乞いの儀式を数回しましたが、効果はあまりなかった」
期待してはいなかったが、曹操は呟き、深くため息を吐いた。
「そうですね。でも、そのせいか、今年はいやに気合いが入っているようです。去年より、騒がしい気がします」
嬉しそうに下を見下ろす夏侯惇を眺め、曹操は微笑んだ。
本当なら、あの祭りの中へ連れていって、共に楽しみたいところだが、名の知れた今では、それは出来ない。
だから、二人でこうして眺めるだけ。
「小さいころならば、お前を祭りに連れていって、一緒に騒いだのだが」
「殿、こうして見ているだけでも、楽しいのです」
淋しそうな曹操の言葉に、夏侯惇は困ったような笑みを浮かべた。
「……お前は、祭りが好きだろう。人が踊るのをみて、はしゃいでいた」
「懐かしゅうございますな。あの時は、何もかもが珍しく映ったのです」
小さいころは、あまり外に出してもらえず、毎日毎日勉学と稽古に明け暮れていた夏侯惇を、曹操は内緒で外に連れ出した。
祭りを近くで見せてやりたかった。ただそれだけの理由。
「嬉しかったです。始めてみる祭りが、大人がこんなにも騒ぐのかと面白くて」
きらきらと輝いていた小さな夏侯惇の目を思い出し、曹操は夏侯惇の目を見た。
昔と違い、今は慈しむように祭りを見ていた。
慈悲に満ちた目は、まるで神のようだった。
神を信じない曹操であったが、この時は信じても良いと、そう思う。
「お前が祈るのなら、雨も降りそうだな」
「それは、私に雨乞いの儀式をしろということでしょうか?」
首を傾げ、夏侯惇は曹操に問う。
その言葉に、不意に夏侯惇がもし儀式を行ったらという考えが、曹操の脳裏に浮かんだ。
儀式用の白い服を着込み、舞う夏侯惇の姿が、さぞかし美しく優雅であろう。
そう思い、じっと曹操は夏侯惇を眺めた。
その様子を首を傾げたまま、夏侯惇はただ見ていた。
着慣れぬ服に困惑し、持ちなれぬ大きな扇と榊と曹操をちらちらと順に視線を向ける夏侯惇は、どこか妖艶だった。
清麗、清純という言葉がぴたりと当てはまる姿だというのにだ。
「……夏侯惇。ちょっと、舞ってみろ」
「殿、申し訳ありません。私は舞い方は分からないのです」
「良いから。見て覚えている範囲で」
「それならば」
そういって、深く深呼吸をすると、夏侯惇はぎゅっと握っていた扇を広げた。
すぅっと扇で空を切るところから、舞が始まった。
始まってすぐに、曹操は唾を飲み込んだ。
舞う夏侯惇の姿が、あまりに美しく、優雅で、神秘的だった。
それ故に、汚したい欲求にかられ、曹操は自分に叱咤した。
それから、数分夏侯惇は舞っただろうか。
舞の途中だというのに、夏侯惇は動きを止めた。
分からなくなったのだと思った曹操だったが、微かな匂いで、なぜやめたのかが分かった。
「雨、か?まさかな」
「え、えぇ……」
雨が降ったときの独特な微かな匂いに、二人は困惑する。
ゆっくりと、二人は窓に近付き、簾を上げて目を見開いた。
雨が、しとしとと地に降り注いでいた。
祭りの最中だった人々は、このことに喜び、跳ね回っている。
茫然とする夏侯惇と同じく、曹操も開いた口が塞がらなかった。
「……偶然、です。きっと」
「……夏侯惇、神に愛されているのかもな」
「そのようなことは、ございません。偶然です」
「ならば、舞を気に入られたか」
雨乞いの儀式用の衣服と扇、榊は用意したが、子細な順序をやっていない儀式は儀式といえないが、神が舞を気に入られたのなら、雨乞いの儀式だったといえるのかもしれない。
神にも好かれる夏侯惇が、盗られるような気がした。
背後から曹操は夏侯惇を抱き締めた。
「殿っ」
「夏侯惇……」
真っ赤に顔を染める夏侯惇の首筋を軽く噛み、曹操は窓枠に、夏侯惇の下半身を押さえ付ける。
首筋を舐めながら、夏侯惇の体を服の上から撫でる。
「……お止め、ください……ま、だ……日が……」
「無理だ」
まだ日が高いと嫌がる夏侯惇の胸元に手を差し入れ、愛撫すると、ピクンと体を震わせた。
「は、あ……」
「久方ぶりだ。溜まっているだろう?」
早く堕ちてしまえと耳元で囁く。
その悪魔の囁きに、夏侯惇は首を横に振った。