他三国志書

□熱
2ページ/6ページ

 女に抱く情欲と似た、しかしまったく異なった感情。
 それは、曹操の知る由もない代物だった。
 それが、夏侯惇といると、心の奥からたまに顔をのぞかせ、また隠れるのだが、今回は表に出てきて暴れているとさえ思える。
 この清廉という言葉を纏うものを、欲望の渦に叩き落としたらどうなるのだろうと、考えるとますます歯止めが聞かなくなった。
 感触は女と変わらないのだなと、妙な関心を覚えながら、夏侯惇の唇を貪った。
 柔らかい、酒のせいか潤った唇の隙割り、曹操は舌を中へ侵入を果たすと歯列をなぞった。
 その際、ぴくっと震えた夏侯惇の体が愛しかった。
「は、あ……ん……」
 奥に逃げる舌を絡める感触は心地よく、時折夏侯惇が出す情事の声に似た声が聞きたくて、曹操は離す気になれなかった。
 ぴちゃくちゃ、と厭らしい水音が響く。
 服を掴んでいた夏侯惇の左手が、力なく床に落ちたところで、曹操は慌てて唇を放した。
「ふぅっ……はぁはぁっ」
 荒く息継ぎをする夏侯惇は、口付けの間呼吸をしていなかったらしい。
 それは、夏侯惇があまりしたことがなかったことを物語っていた。
 呼吸を整え、それでもまだ放心状態が抜けないらしく、夏侯惇は肢体を投げ出し、ぼぅっと、虚ろな瞳で曹操を見つめていた。
 乱れた着衣からのぞく上気する健康的な白い肌、潤み情欲から涙を零す瞳、真っ赤な頬に伝ったどちらとも言えない涎、床に広がる美しい髪。
 どれをとっても、曹操には情欲を掻き立てるものでしかなくて、曹操は息を呑んだ。
「……やぁっ!」
「……立っているか」
 夏侯惇の股間に手を伸ばせば、夏侯惇は体をはねさせた。
 主張するそれを服の上から軽くすってみると、いやいやと夏侯惇は首を何度も横に振る。
 その姿が、正反対に誘っているように見えて、曹操は形をなぞるようにそっと指で弄ぶ。
「ひゃぁぁっ、と、のぉ……お戯れを……おやめ、あっ……」
 股間は男にとって急所である。
 耐えても、そこを責め立てれば、反応を示す。
 咎める声も甘い響きをもてば、停止の言葉でなくなる。
 荒い呼吸を繰り返し、体を震わせ、耐える夏侯惇に、曹操は自身の体温が上がっていくことがわかった。
「おやめ、くださ……」
「ここは、やめてほしくなさそうだ。ぴくぴくと震え、気持ち良さそうに立っている」
 口に出して言えば、羞恥に顔を真っ赤にし、涙を浮かべ、夏侯惇は首を横に振った。
 服の上から着実に快楽を与えてやると、夏侯惇はようやく引き離そうと曹操に手を伸ばしてきた。
「……嫌か?」
「ひぅっ!」
 ぴんっと指で立ち上がったものを弾いてやると、声を上げて夏侯惇は体を大きく震えさせた。
 顔を赤くさせ、じっと曹操を見つめて考える夏侯惇を曹操は、悪戯に触れてみる。
 女のような柔らかさがないのは、見た目からよく分かっていたが、服の上から触るだけで、自分が欲情するのが手に取るように分かる。
 この男と、交わってみたいと思った。
 思う存分犯し、なかせ、めちゃくちゃにしてやりたい。
 同時に、いやというほど愛し、快楽に叩き落としてやりたい気分になった。
 この感情の名を、曹操は分からなかった。
 暖かくも激しい感情。
「殿……?」
「あ……嫌、だったか?」
 夏侯惇の不安そうな声に、曹操も不安に駆られ、夏侯惇に問う。
「……どうか、なされたのですか?」
 男に手を出す理由が、夏侯惇には分からなかったのだろう。
 首を傾げ、意味を問う夏侯惇は、苦笑を浮かべていた。
 仕方ない、そんな笑みで、目は穏やかだった。
 先程の行為をもうすでに許していると分かると、曹操は心の底から安堵した。
「……嫌では、ございませんでした」
「夏侯惇?」
 目元を染め、覚悟を決めたように口にした夏侯惇の言葉が信じられず、曹操は名を呼んだ。
「殿の口付けも、悪戯も、私には、夢のようにしか思えませんでした」
「夢、だと?」
「はい、都合のよい夢だと、そうとしか……」
 夢、と称され、曹操は胸が高鳴った。
 この気持ちも、知らないものだった。
「夢、か」
「……はい」
「なぜ、夢だと?」
「……それは……と、殿を、お慕い申し上げておりますからです」
 視線を反らし、迷いに迷って夏侯惇が口にした言葉は、予想だにしない言葉であり、名の知らぬ多くの感情を纏めて称す名を思い出した言葉だった。
 人はこれを、愛や恋と呼ぶ。
「男に、このように思われては、殿にはご迷惑でしょうから……」
「何を言うか!」
 諦めに似た弱々しい言葉に、曹操は反射的に怒鳴っていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ