Missing
□唄は風に消えた
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わたしはひとりでも大丈夫。
何故ならわたしは最初からひとりだったのですから。
だから、あなたはあなたのいるべき場所へ…
あなたは人界の魔王なのだから。
「すまない、共にいれなくて」
彼女と共に行く道を選んだのは他でもなく自分だった。
それでもいい、そう思った。
変わっていく景色の中で自分だけがかわらないままどれほどの時がたったのかわからない。
どれだけ時が流れようとも自分には関係のない事であったし興味もなかった。
ただ何もかわらない全ての中で時間だけをもて余し、いつしか考えることはひとつだけになった。
「空目」
暗闇の中で声が囁く。
どれだけたってもお前の声が忘れられない。
「空目」
暗闇の中で体温を感じる。
どれだけたってもお前の感触が忘れられない。
村神、こんなにもお前のことしか思い出さない。何故、こんなにも苦しい。
どうして、今更。
お前の幻影に囚われて息が出来なくなる。
こんな馬鹿げた話があるだろうか。
こんなにも時が立って今更自分の気持ちに気づくなんて。
どうしようもない
今更気づいた所で、叫んでも喚いても彼と会う事は二度とないのだから。
二度と会えないと、そして自分はこのまま彼の幻影に縛られるのだと。気づいた瞬間、ここ(異界)が初めて絶望なのだと悟った。
自ら望んできた世界なのに、こんなにも絶望するなんて。
世界に絶望するほどお前に会いたいなんて。
頬に伝う冷たい感触に、これが涙なんだと知った時、何もない世界に風が吹いた。
音もない世界に声が響く
「泣いているのですか」
か細く、唄うように流れるその声は自分よりよほど泣き出しそうだった。
「あやめ、俺はここへ来た事を後悔した事は一度だってない」
どれほど絶望したとしていても、異界へ来た事の後悔は、あやめと共に選んだ道は決して後悔などしていない。
「わたしは、後悔ばかりしていました。あなたを巻き込んだ事を。彼から離した事を。世界から1人にした事を。
それでもわたしは嬉しかったです。声をかけられて、手を差しのべてもらえて貴方と過ごせた時間はこの闇の中だって輝いている。
わたしはあなたに希望を貰えました」
そう言う彼女は泣いていた。
「わたしはもうひとりでも大丈夫。
何故ならわたしは最初からひとりだったのですから。だから、あなたはあなたのいるべき場所へ」
「違う、俺はお前と共に来た道を後悔はしていない!俺のいるべき場所は此処だ」
「いいえ、貴方は私に引き込まれただけ。異界に飲まれた哀れな人間なんです。
ここは私一人で十分……あの世界がこれからどうなるかはわからないけれど、決してもう振り向かないで」
目眩するほどの錆びた匂いに意識が遠のいていくのがわかる。
儚い彼女が霞んでいく。
ああ、
「すまない、共にいられなくて」
目が覚めると校舎のいつものベンチだった。随分眠っていたらしく昼休みもまもなく終わりそうだ。
生徒たちは名残惜しそうに校舎の方へと戻っていく。
その光景を他人事のように眺めていると中に見知った人物が見えた。
身長が高く他の者より頭ひとつ分抜き出てるので遠くにいてもすぐにわかる。
「空目、いつまで昼寝してんだ。学食行くぞ、皆待ってる………って、どうした?目に塵が入ったか?!」
涙が勝手に出て止まらない。
もう二度と会えないのだと、二度と触れることはないのだと思っていた。
「村神…」
会いたかった、会いたかった、会いたかった
暗闇の中で何故かお前だけが忘れられなかった。これほど自分がお前に依存していたなんて知らなかった。
「村神………好きだ」
「独占したいとか、自分の所有物にしたいとかそんなことは思っていない。
どう思われたいとかどうなりたいとも思わない。
ただ、この思いを伝える言葉が見つからない……好き、好き、好き、好き、村神が好きだ…」
好きだと、言いかけた言葉は俊也の唇によって塞がれていた。
桜が舞う校舎裏に2人の影が重なった。
「空目、俺も好きだよ」
体温の温もりに、吐息に、目眩がした。
そして村神に手を引かれ、どんどん広場から離れてゆく。
錆びた枯れ葉の匂いと共に霞んだ歌声が届いてきたけれど、もう、振り返らない。
この世界がこれからどうなるかわからないけれど、もう後悔はしない。
繋がれた手に力を込めた。
唄は風に消えた
(いつか必ず戻ってくるから)
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恭一空目のありえない話
よくわからないけど、あやめちゃんが出会う前に陛下を戻してくれたようです。
2011.12.20 璃里子